秘密集会の帷(ひみつしゅうえのとばり) その5
次に若殿が対面したのは藤原色錠の相手役を務めた女性で、既に単衣をちゃんと着付け普通の女房のような装いだった。
「あなたは藤原色錠と知り合いですか?それとも今日初めて会った?あのこと以前の藤原色錠の様子に異常はなかったですか?」
女性は口に指をあて少し考え
「ええと、まず、藤原色錠とは初対面でした。あれをする半刻(1時間)ほど前打ち合わせにここで会ったのが初めてでした。見た限りは普通の健康そうな五十代の男性で、そういう事がお好きな、身分のある方だろうと思いました。打ち合わせと言っても大まかなことで、その・・・私のその、好きな部分とか、してほしいこととかの要望をお伝えしただけですわ。」
若殿が驚いたように目を見開き、冷や汗をかき少し青ざめ口ごもりながら
「ああっと詳しいことは結構です。藤原色錠はそのとき何かを口にしましたか?香の匂いに異常はありませんでしたか?」
女性が若殿のその初々しい反応に『可愛らしい』という笑みを頬に浮かべ目が優しくなり
「そういえば、その時、持参したヒョウタンから何かを飲んでらっしゃったようですわ。最後まで一気に随分な量を飲み干してらしたわ!」
ふむふむ。その中に毒を入れられたのかも。
続く従業員たちには藤原色錠のヒョウタンを見たかどうかを尋ねても誰もその存在すら知らないと答え、藤原色錠の知り合いでもなく前回の客だったかも会ったことすらあまり覚えていないようだったが、今日出した酒と肴には一切手を付けてなかったのを不思議に思ったとそばに侍った女性が証言した。
最後に泉丸と対面して話を聞くことにした。
泉丸は居心地が悪そうに正座した足をムズムズと動かし、自分の腿をこすったり腕をこすったり、視線は若殿に会わせずうつむいたまま横をチラチラと見つめ何とか自分を落ち着かせようとしてるみたい。
若殿は落ち着いた静かな声で
「前回の料理には確か『人魚の肉』がでたんですね?どこから仕入れたんですか?」
泉丸はハッと驚きの表情で顔を上げ若殿を見つめウ~~ンと唸ると絞り出すように
「・・・勿吉が話しましたか?私がこの集会の本当の主催者だと。そうです。あいつは私が雇った渤海人に見えるただの日本人です。こんなときにあいつが矢面に立ってくれて役に立つと思ったんですが、やっぱり決断力のない鈍い男には無理でしたね。ええと、前回の人魚の肉ですか?あれは蝦夷が交易に来た際仕入れたものです。蝦夷たちは『トゥカㇻ』と呼んでいました。海に住む人に似た生き物なら人魚と言って差し支えないでしょ?実際は何だっていいんです。客は退屈して刺激を求めにここに来るんです。見たこともない生き物、不思議な形の生物、食べた事のない味、感じたことのない興奮、そういうものは大好きでしょう?」
と私を見つめながら瞳をキラめかせ片目をつぶりながら艶っぽく微笑むので
「はい~~~!」
と思わずウットリと見つめながら返事した。
泉丸は私に向かって上半身を乗り出して勢い込んで
「きみはまだ元服前の童だろ?今日のあの几帳を隔てた男女の睦み合いの影芝居を見たのか?どうだった?面白かったか?」
「ゥオホンッッ!」
と若殿が大きく咳払いして
「童だと分かってあの過激な影芝居を見せたなら風紀を乱したとして弾正台に突き出してもいいんだぞ。」
と泉丸に凄むと泉丸は両手を前でヒラヒラと横に振り
「あくまで芝居ですよ!本当にさせたわけじゃありません!少なくとも私はフリでいいと言いました。本当にしたかどうかは二人しか知りませんよ!それに直接見せたわけじゃなく几帳越しで影ですし、風紀は乱さないでしょう!」
と悪戯が見つかった少年のように焦って言いつのった。
「前回の人魚の肉は藤原色錠も食べたんですか?今回の膳には手をつけなかったようですが?」
「そうですね。今回は持参したヒョウタンの薬の効果が無くなるのを心配してると言ってました。薬師にそう言われたそうです。」
私はあんまり気になったので我慢できず
「その薬は何だったんですか?それに毒を盛られたんじゃないですか?」
と口出しすると泉丸は意地悪そうに口をゆがめて
「童は元服してからそういう事を聞くんだよ!今は教えてあげない!」
と勿体ぶる。
若殿が何でもないという風に
「『イカリソウ』でしょう?大量に煎じれば効果があると聞きました。」
泉丸は肩をすくめ
「何か具体的には知りません。年をとるっていやですねぇ、あんなもんに頼らなくっちゃならないなんて。」
とバカにしたように呟き、
「で、死因は結局なんですか?頭中将のお見立ては?」
(その6へつづく)