秘密集会の帷(ひみつしゅうえのとばり) その4
勿吉はハッと我に返り
「ではご予約された藤原色錠さん、この中にお入り下さい。」
と客席前方に座っていた狩衣姿の客の一人が立ち上がり影絵の空間に几帳の帷を押して入った。
すると影絵の女性がモゾモゾと動き出して立ち上がり、女性の肩からバサッと布の塊が下に落ちたように見えた。
その後も一枚、また一枚と衣が女性の影から剥がれ落ちていき、最後は丸みを帯びた女性の裸体の影が几帳に映った。
若殿が隣でゴクリと息をのんだ気配がしたと思ったら
「では、ご覧ください。紙に書いた絵空事ではない、本当の、今この瞬間っ!手の届く距離でっ!あなたの目の前で行われる、男と女の愛に満ちた性の営みをっっ!」
と言い終わるや否や若殿が私の目を覆い、横抱きに腹を抱え入り口の帷の方へ引きずっていこうとするので
「いいじゃないですかっ!影絵ですよぉ~~~!勉強になりますよぉ~~!若殿だって知らないでしょぉ~~!興味あるクセにカマトトぶらないでくださいよぉ~~!」
と引きずられることに何とか抵抗しようとしながら足を踏ん張っていたけど結局帷の外に一緒に連れ出された。
「高い銭を払ったんでしょ?全部見ないともったいないじゃないですかぁ!大殿だってちゃんと調べて来いって言ってたでしょっ!」
若殿が顔を真っ赤にしながら
「父上はここまであからさまだと思っていなかったんだろう。余興の内容は理解したから帰って報告しよう。それにお前はまだ十歳の子供だ!早すぎるにもほどがあるっ!」
と怒って私の腕をつかんで引っ張りここを離れようとすると帷の内側から闇を切り裂くような金切り声で
「きゃーーーーーーーっっっ!誰かっ!藤原色錠さんが!し、白目をむいて倒れたわっ!誰かきてっ!早く来てちょうだいっ!!早くっ!」
と言った後に、ドタバタと慌てた足音がし、泉丸が帷をめくって出てきたと思ったら若殿を見つけハッと何かに気づいたように
「頭中将様っ!あなたはこういう事に慣れてらっしゃると噂で聞きました!協力していただけますか?」
と焦った表情もなかなかのイケメン。
耳飾りの連珠とみづらの髪束が大きく揺れて泉丸の動揺した心情を物語っていて美男子は焦って表情をゆがめたとしてもそれはそれで絵になるなぁ~切り抜いて貼り付けて眺めておきたい!と感心。
焦りのあまり大きく開いて潤んだ瞳と唾液で湿った唇が余計に艶っぽい。
・・・私ってソッチかな?この頃自信がないなぁ。
若殿が素早く帷の内側に入り、奥に進んで几帳で区切られた影絵の空間に入り込み私もついていくと、小袖をまとい衿を手で押さえながら下紐は結ぶ余裕はないように見える女性のそばに勿吉が棒立ちになって見下ろしていた。
目線の先に藤原色錠は薄紅色の泡を口から吹いて仰向けに倒れており、もちろん(?)全裸だった。
若殿が勿吉を見あげ
「藤原色錠の健康状態は確認してたんですか?」
と言いながら藤原色錠のふくらはぎや足の指先を触り、胸を押したり口の泡を確認していた。
勿吉はハイと小さくつぶやきながらオロオロとして、その時ちょうど私の後ろから几帳の中に入ってきた泉丸をすがるように見つめ
「どうしたら・・・」
と話しかけると、泉丸がジロッと勿吉を睨み付け首を横に振り『それ以上何も言うな』と制したように見えた。
私はなんだかんだ初めての死体を直に目で見て戸惑ってその場から動けずにいたがそれに気づいた若殿が私を几帳の外へ連れ出し、恐る恐る様子をうかがっていた泉丸の仲間の給仕の一人に白湯を持って来るよう頼んでくれた。
円座に座ってその白湯を飲んでいると若殿が几帳からでてきて
「大丈夫か?気分が悪いなら先に帰ってもいいぞ。」
というので
「平気です!何があったのか最後まで見届けたいです!」
と元気を絞り出した。
悲鳴が聞こえた時点でここにいてはまずいと悟った機転の利く客たちは早々に逃げ出していて残っているのは我々と従業員と勿吉だけだった。
「みんな帰ってしまいましたけど、犯人が逃げだしてたらどうするんですか?従業員か勿吉の中に毒を盛った犯人がいるんですか?」
と毒殺決定のような口ぶりで若殿に聞くとニヤリと笑って
「怪しいやつはいるが、犯人じゃないだろうな。」
と呟いた。
若殿は泉丸に向かって話しかけ
「では全従業員から話を聞きたいので一人ずつここに呼んで下さい。まず勿吉から。」
泉丸は若殿を警戒した表情で見つめながらうなずいて立ち去った。
勿吉と若殿が座って対面し私は紙と筆を準備しどこかから運んでもらった文机に向かっていた。
・・・何を書きとればいいがわからないが。
「藤原色錠は自分から希望してこの役をその・・・『演じた』んですね?誰かに強制されたわけではなく?」
勿吉は泣きそうな不安そうな表情で何度も頷き
「そ、そうですっ!前回、こういう余興があると伝え客から希望者を募ったのです!」
「なぜ藤原色錠を選んだんですか?誰が最終決定をしたんですか?」
勿吉は困った表情で鼻をしきりにつまみ、寒いのか腕をさすりながら
「ええと・・・、その・・・実は泉丸が全てを決めているのです。この『秘密集会』の全てを泉丸が取り仕切っているのです!私はただ表に立って司会や来客に対して主催者のフリをしていろと言われてそうしてるだけなんです。なぜ藤原色錠を選んだかは泉丸に聞いてくださいっ!」
と最後は涙声の早口で言った。
(その5へつづく)