秘密集会の帷(ひみつしゅうえのとばり) その2
私は『どれどれええと~~』と余興について書いてあるところを探し、
「そんなに風紀が悪そうな余興じゃないですよぉ~~~この参加者の話では几帳越しに物語が朗読されたらしいです。男女が登場人物の言葉を演じわけて。面白そうですねぇ。でもこれじゃあ大殿の期待には沿えませんよねぇ~~~?弾正台の出番はなさそうですし若殿が調べる必要もなさそうですね。」
日も沈み辺りは真っ暗になり、冷気が頬を凍らし始めたころ、都のはずれにあるその秘密集会の会場である屋敷に着いた。
そこは藤原邸のように立派で侍所で案内を乞うと奥から主催者と思われる変わった格好のふくよかな男性がでてきた。
その男性は全体が銀色で黒い円や斑点の模様が入った毛足の長い毛皮でできた袖のない衣を狩衣の上にはおり、帽子は銀色一色のモフモフとした毛皮で同じ銀色の長くて膨らんだ尻尾が垂れて、まるで銀色の狐が頭の上で丸まってるみたい。
黄土色で同じように斑点模様があるけど毛の短い毛皮を大殿に見せてもらったことがあったけど、確か渤海渡の豹と言う獣の皮だと聞いたけど銀色のも同じ豹?
その男性は顔は頬と額の間の『肉の境界が分かるように引いてある線』のような目と肉の豊かな頬、上を向いた小さい鼻、ポッコリと出たお腹だけどその脂肪の下には熊をもなぎ倒しそうな戦闘力を秘めた格闘技筋肉が潜んでいそうな雰囲気の三十半ばの男性だった。
私もどうせ太るなら機敏で剛力な巨漢になりたいけど、『鍛錬・稽古・努力』は世の中で一番嫌いな言葉だからどうしたものか・・・。
若殿が警戒した目つきで
「ええと、少納言から紹介を受けた藤原と言いますが。」
目は線のままだが頬肉がグッと上に上がったことで笑ったと分かる顔で主催者が
「ああ、聞いております。私は勿吉といいます。関白家の若君ですかな?泉丸っ!若君のお相手をしてくれっ!」
と奥に向かって大声で呼びかけると、泉丸と呼ばれた若い男性が現れた。
おそらくこういう客をもてなすのが目的の場所では当然ながら泉丸は整った顔立ちで、目元が少し宇多帝に似てるがもっと毒気の抜けた、だけど人の心を見透かしていそうな眼付の二十代の男性だった。
くっきりとした濃い紺色の水干・括袴で、下げみづらを結い耳飾りに金と真珠の連なった玉を長く垂らしているのでみづらの髪先と金と真珠の連珠が揺れては重なりチラ見えするので思わず目を惹きつけられた。
泉丸が愛想笑いも浮かべず真顔のままチラッと上目遣いで若殿を見たあと
「どうぞこちらへ」
と手を差し伸べて主殿へ我々を案内した。
主殿は格子が閉め切られており、内側は几帳や屏風が立てかけられていて中が見えず、唯一の入り口には御簾を下ろす代わりに金糸の刺しゅうで大きな花やくねくねとした茎の唐花模様が描かれた真っ赤な帷がおろされていた。
泉丸が立ち止まり若殿の目をまっすぐに見つめ
「この帷の向こうでこれから行われることは今後一切他言無用でお願いします。役所に秘密が漏れここが閉鎖になりますと以前からのお客様にご迷惑が掛かりますので。もちろん若君がお気に召して通ってらっしゃる分には喜んでお仕えいたします。」
う~~~んこれだけ釘をさすということはハマって通う人が多くてよっぽど売り上げがいいんだろうなぁ?気づかないうちに若殿って銭を払った?それとも後払い?売掛?
とにかく『この帷の向こうで一体何が行われているの?』とワクワクが止まらない。
ドキドキしながら若殿が帷を押して入るのを背中に鼻がくっつきそうなぐらいピッタリと距離を詰めてついていく。
中は薄暗くて灯台は数本あるが、何人か座ってる人の顔は見えないし、手元に置いてある膳の中身もよく見えない。
左手奥には几帳と屏風で四角く囲まれている空間があって、そのなかには芯を増やして明るくした灯台がこちらより多く置いてあるのか、中にいる人の影が艶のある生成り色の几帳の帷にくっきりと映っていた。
その空間に向かって数列の円座が並べてあり入ってきた人がそこに座って膳をつつきながら影絵みたいな余興を楽しむようだ。
まだ何も始まっておらず、後ろに長く垂れた髪と単衣姿の座った女性と思われる影だけが生成り色の几帳に映っていた。
すでに先客たちが半分以上円座を埋め各々の膳と酒を楽しんでいたが、身に着けた狩衣や袴、烏帽子から察するに裕福な貴族や庶民だと思われた。
若殿が客をざっと見回し
「確か、下野、武蔵、上野の官人だったかな・・・」
とポツリと呟いた。
(その3へつづく)