秘密集会の帷(ひみつしゅうえのとばり) その1
【あらすじ:男たちが夜な夜な集まり口外無用の秘密の集会が催されてるという噂にとびついた基経様は時平様に内偵を命じるが私には刺激が強すぎる。食べれば不老長寿になるという人魚の肉は脂っこくて生臭いらしいのでそれは私も遠慮したい。大人の余興で起きた災難を時平様は初心な魅力で切り抜ける!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は大抵の薬の成分は薬草に入ってるんですね!というお話(?)。
ある日、大殿が若殿を主殿に呼び出し声をひそめ、しかつめらしい顔をしているが、目の輝きは抑えられないという表情で
「太郎、お前この頃噂の『秘密集会』を知っているか?」
若殿はその取り繕ってるくせに胸の内のワクワクを隠しきれないといった大殿の様子にキョトンとして
「庚申会(日本の民間信仰(庚申信仰)で、庚申の日に神仏を祀って徹夜をする行事)のことですか?噂になるようなことがあるんですか?」
と不思議そう。
私の知識では『人間の頭と腹と足には三尸の虫(彭侯子【上尸】・彭常子【中尸】・命児子【下尸】)がいて、いつもその人の悪事を監視しているという。三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝(「閻魔大王」とも言う)に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていた。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、囲炉裏を囲んで寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした。これが庚申待である。60日に1回は庚申の日が巡ってくる』というもの。公家や僧侶の間で広まっていて徹夜で双六や詩歌管弦を楽しむのが最新流行らしい。私は想像するだけで眠くて耐えられないけど。ふわぁ~~~。
大殿が『何だ知らないのか!』と焦れったそうに舌打ちして
「初めは普通の庚申会だったらしいのだが、その余興があまりにも面白いから参加希望者が殺到し、主催者が頻度を増やして会員制にして会員から紹介されなければ参加できないという機密性の高い集会にしたらしい。」
う~~~ん。限られた人々だけの秘密の会合。というだけで面白そうなうえに、余興があってそれが噂になって道楽の限りを尽くした大殿を虜にするくらい評判だということは一体どんなことをするんだろう?まさかフツーーの双六やフツーーの和歌をよむ、フツーーの管弦を奏する・・・だけではないでしょう~~~?と好奇心が止まらない。
・・・この段階でその楽しみの内容と最大値は各々の想像力に依存しており、ちなみに私は唐渡の香料の効いた甘くてちょっとしょっぱいとか酸っぱいとかの、水あめや蜂蜜を使い油で揚げた団子とか餅とか、果物とか、栗とか胡桃とか甘く煮た豆とかおにぎりとかそういのが食べ放題の宴会を想像してヨダレが出る。是非行きたいっ!
若殿は自分の内部にある黒い?欲望と戦っているのか(←私の感想ですけど)複雑な顔をして考え込んだ後、
「で、その中で都の風紀を乱すようなことが行われていないかを調べてこいというご命令ですか?それならまさしく弾正台の役目では?」
大殿が『察しが悪いやつよのぅ~~!』と呆れたような薄目の横目で若殿を見て
「だから、弾正台に調べさせれば即閉鎖!という事になりかねんだろう?まずはお前が行ってどんなものかを確かめて報告せよ。わしが行きたくなるような集会かどうかをのう!この前のこともあるしわしは慎重に行動せねばならんことはわかっとるだろ?」
・・・あぁ~~あの夜な夜な初対面のいろんな女性を従者にあてがってもらって遊び歩いていたせいで今まで築いた名声をドブに捨てる羽目になりかけたやつね。
でも若殿に調べさせてあわよくば結局その秘密集会に参加しようとしてない?全然懲りてないなぁ。
若殿はちょっと躊躇い、腰が引けた様子で
「でも、私は招待を受けてません。会員でないとダメなんでしょう?」
大殿は鼻の下が伸び切った満面の笑みで
「わしを誰だと思っとる?少納言に招待させたわっ!今夜集会があるらしいから早速行ってこい!」
とウキウキと命じた。
毎回通読している流言飛語紙には参加者からの話としてその秘密集会の内容が一部記されていたので読みながら若殿に教えてあげた。
「ええと、確か参加者にはあの八百比丘尼が食べて不老長寿になったという『人魚の肉』が振る舞われたらしいです!」
・・・それが本当なら『人魚の肉』に会う前に生きた人魚に会いたい!できないならせめて切り身にする前の全体像が見たい!と思うのは私だけ?
きっと死体が網にかかり形が崩れていたとか、火を通しておかないと日持ちしないとか理由があるんだろうけど。
どちらにしても主催者がそう言い張るなら『人魚の肉』なんだろうけど、調理済みなら確かめようがないしゲテモノ食わされて私の瑠璃のお腹が壊れたらどうしてくれるんだ!とめずらしく食い物にムッとした。まぁ美味しいなら許すけど。
若殿が吐き気を催したような表情をしながら
「他には何があると書いてあった?」
「ひぇ~~!蛙や蛇や熊も振る舞われたことがあるそうです!」
自分で言いながらこれはちょっと食いたくないなぁ~~~と思った。
私は案外食べ物の好みは保守派で好奇心・冒険心は皆無である。どう考えても美味しい!ものを腹いっぱい食べたい人なので。
若殿も胃のあたりをさすりながら込みあがってくる何かを抑え込んでいるようで
「で、余興は何があると言ってるんだ?」
と興味がないフリで、しれっと聞いてくる。
(その2へつづく)