鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その7
秋鹿は目から光が消え瞳が濁ったかと思うと身体の動きを止め
「兄は・・・兄も同じだったからです。あの三人は私を慰み者にし続けました。どこへ行くにも私を連れて行き、自分たちがしたくなったときには体を弄んだのです。妻や恋人のようないいものじゃありません。あいつらは私を性欲を満たす道具としか見ていなかったのです!腕力では勝てず一人で生きていける自信もなかった私は言いなりになるしかありませんでした。奴らの汚らしい忌まわしい欲のはけ口としてどこにでも連れていかれ監視されたのです。あいつらはケダモノです!死んで当然なのです!それにくらべて・・・蘇具度は二人きりになっても、そういう行為をしてもかまわないと伝えても、私に触れようとは決してしませんでした。せいぜい手を握り見つめ合って愛しているからこのままでいいと伝えるだけでした。彼は立派な僧侶であり、汚れた俗世の肉欲には決して屈しないのだと感動し尊敬できました。だから絶対に守りたかったんです。」
秋鹿はやっと顔を上げ、若殿の目を見つめキッパリと言い切った。
若殿はゆっくりと
「大原が死んだのは事故ということで済むでしょうが、仁多と飯石には訴えられれば罪になりますが、いいですね?」
と聞くと秋鹿は頷き、それを見た蘇具度が秋鹿を弁護しようと分からない言葉で若殿に話しかけた。
若殿は蘇具度と筆談(もちろん漢文の)でしばらく話し合ったようだが概ね秋鹿の話に間違いはなかったそうだ。
蘇具度は晴れて身分を頭中将つまり若殿に保証され、受け入れてくれる寺で修行することになった。
そもそも仏教を教えに来たのだから言葉さえ通じれば日本の平凡な僧よりよっぽど学識豊かだろう。
見た目は天狗っぽくて怖いが、秋鹿に対する立派な態度とひどい仕打ちした三人に暴力的にならず長い間の屈辱に狂うでもなく立派に耐えうる精神力はやっぱり宗教人は偉い人は偉いし、凄い人はいるんだなぁとフツーに尊敬する。
藤原邸に帰ってやっと落ち着き色々聞きたいことを整理したので聞いてみようと
「飯石が天狗におびえていたのは自分たちが蘇具度を放置して殺そうとしたことを恨まれてると思って、二人に毒を盛った犯人が蘇具度だと思ったからですか?」
「そうだろうな。妹は疑わなかったんだろうな。」
「医得業生の仁多はフグ毒にやられたと知ってて、そのまえに秋鹿に会ったこともわかってたのになぜその事を言わなかったんですか?」
若殿は少し眉根を寄せ
「仁多は彼なりに秋鹿の事を愛していて守りたかったのかもな。秋鹿は三人のことをケダモノだとしか思ってなかったかもしれないが、少なくとも仁多は自分が死んでも秋鹿を犯人にはしたくなかったんだろう。」
「あの破れた経典は何の意味があったんですか?」
「あれは賊から宝物奪った仲間、秘密を共有している仲間という印に破って持つことにしたんだろう。大原、仁多、飯石の三人の切れ端を合わせても巻物が完成しないことからもう一人被害者がでるかもしれないと思ったんだ。」
「それが秋鹿ですか?だから見張ってたんですね?秋鹿が最後の切れ端を持ってるんですか?」
「そうだ。彼女は自分が三人にとってただの道具だと思っていたようだが、彼女の提案をことごとく受け入れてるということは男たちは仲間として重視していたんだろう。」
三人にとって大事な恋人だったという事かぁ・・・恋人を共有するという感覚は私には理解できないが彼らの中ではそれが平気なら誰にも文句言う筋合いはないなぁ。まあ兄妹のナニはアレだけど。
そういえば、秋鹿の房で感じた違和感の正体は法螺貝だったなぁと思いだした。山伏が吹いて悪魔降伏の威力を発揮するゴツいイメージの法螺貝が女性の寝所に装飾としてもそぐわないと思ったんだよね。
あんなに肺活量と唇を震わせる技術が必要な法螺貝を秋鹿は簡単に吹き鳴らしていたよねぇ。あの人修験者にでもなんにでもなれそうなポテンシャル無限の人。
「法螺貝の内臓にフグ毒と同じものがあるとはぜ~~んぜん知りませんでした!内臓は絶対に食べないようにします!死にたくはないですから。」
「フグのようにいつも法螺貝の内臓に毒があるわけではないがな。法螺貝は如来の説法の声を象徴し、その音を聞けば罪は消滅し極楽に往生できると経典に記されている。性行為を強要する三人の男を秋鹿は衆生の穢れとして消し去りたかったのかもしれないが、衆生の罪の汚れを消し去り、悟りに導く象徴として吹かれる法螺貝が内臓に毒をもつように、彼女の内面には消し去ることはできない憎悪という毒を蓄積し続けていたのかもな。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
修験者時代は高慢だと煙たがられ、天狗になってからは妖怪だと嫌われてるけどこれだけ有名ってことは何かしら畏敬する部分もあるってことですよねぇ?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。