鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その6
二人でお堂の中に入ったのを見て若殿が
「よし、行こう」
と歩いていくのについていった。
お堂の妻戸を開けると中には毘沙門天の木造が安置してあるその手前に三つぐらいの大きい葛籠があり、そのそばに二人は並んで立っていた。
秋鹿がホッとため息をつき観念したように
「やっぱり気づいていらっしゃいましたか。私を見張っていたんですね?では全てを話しましょう。彼は・・・」
と隣に立つ大男を手で示した。
「蘇具度と言います」
蘇具度はガッチリと背が高いのが珍しいのはさっきも言ったがもっと変わっているところは彼の瞳が黒ではなく薄茶色で鼻が天狗のように高くて長かったこと。
よく見ると顔も赤らんでそばかすの多い肌に伸びっぱなしの無精ひげ、ザンバラ頭に彫りの深い眼窩にギョロリとした目がある顔は、あのお面のように得体のしれない冷酷さを感じさせた。
若殿が静かに
「彼のために大原、仁多、飯石を殺そうとしたんですか?」
と聞いた。
えぇ~~~?!どういうこと?なんでわかったの?と思ってると秋鹿は微かにほほ笑みを浮かべながら寂しそうに話し始めた。
「蘇具度が唐の貿易船に乗り日本へ仏教を広めようと出雲国に渡来したのが今から半年前のことです。唐の貿易船は日本から銀や生糸・漆・工芸品と引き換えにしようと貴重な宝物を積んでいました。それに目をつけた漁師まがいの賊がその貿易船を襲い、荷を略奪し出雲国のある村で逗留している間に村人に通報され、その時たまたま里帰りしていた郡司の息子である大原と仁多、そして友人で出雲国に遊びに行っていた兄の飯石が村人を助けるためにその賊を全て切り捨てました。三人は唐の貿易船の積み荷があまりにも貴重で銭にすれば大金になることに目がくらみ、出雲国司には何も告げず三人で京に持って帰ることにしました。だけどその荷のそばには、賊が奴隷として命をとらずにおいた蘇具度が手足を拘束され繋がれていたのです。三人は処分に困りましたが言葉も通じないので殺さずそのまま放置しておけばいずれ死ぬだろうと思い出雲国を出発しようとしました。三人に同行していた私がその話を聞いて彼を連れて行き、貴重な荷のそばで守らせるという役目を与えたらどうかと提案しました。馬の背に宝物を乗せ無事京に差し掛かったところで私がまた鞍馬山の人目につかないお堂に宝物を隠し、蘇具度に見張りをさせ少しずつ持ち出せば、京で誰かに宝物を見咎められることもないでしょうと提案すると三人はそれを受け入れることにしました。四・五日に一度は私がここに来て蘇具度のために食料や衣などの必需品を運びました。あなたに見張られていることは知っていましたが、一週間以上ここに来れなかったので蘇具度が気がかりになり来ずにはいられなかったのです。」
と秋鹿は蘇具度と見つめ合った。
若殿が眉を上げ
「蘇具度は西域の方ですか?どうやって会話したんですか?」
秋鹿は頷き
「彼は漢文なら書けたし読めたのでそれで会話しました。」
・・・何気に秋鹿も書けて読めるって現代女子としては結構知力高め?私なんて文字を見るだけで眠くなるので一向に覚えない。蘇具度も仏教を広めに来たぐらいなので日本の僧侶ぐらいかそれ以上の知性と気力・体力と勇気を持ってる知識層異国人。
その人が賊に襲われ、縄でつながれ屈辱的な扱いを受けたならそうとう恨んでそうだけど、飯石が怯えてたのはそのせいかな?じゃあ犯人はこの蘇具度ってこと?
「法螺貝を吹いたのはあなたが来たことを知らせるためですか?」
秋鹿は頷く。
「私以外の人の前に姿を現せば蘇具度に危害を加えられると思ったのです。宝物を守らせるためというのは兄たちを説得するただの方便です。私は蘇具度を守りたかったんです。」
あっ!と思い出し、鞍馬山に参拝に来た貴族が聞いた法螺貝と天狗はこのことだったのね!と納得。
「大原、仁多、飯石がフグ毒にあたったのはあなたがやったんですか?それとも偶然?」
秋鹿はフフフと思い出し笑いをし、心の底から楽しそうに顔を上気させ
「そうよ!大原の時は偶然でした!大原がいつものように私のところへ通ってきたとき、『南方の行商から生きた法螺貝が手に入ったから食べよう』といってうちの料理人に調理させました。音が鳴るように加工した法螺貝を私が持っていたので法螺貝が好きだと思ったようでした。大原は内臓を食べた後、急に苦しみだしました。息苦しそうにはい回りやがて動かなくなったので怖くなり下人に川で溺れたように見せかけるように指示しました。法螺貝の内臓にフグと似た毒があることに気づいた私は、内臓を佃煮にして腐らないようにしてとっておき、仁多が私の元へ訪れた際に酒の肴に食べさせました。量が少なかったのか命は助かったようですが。」
「兄上も殺そうと思ったのですか?なぜ?飯石を殺そうとしたんですか?」
(その7へつづく)