鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その5
秋鹿は顔を扇で隠そうともせず、琴の弦のように張り詰めた雰囲気の高い声で若殿の目をしっかりと見つめ
「私も同じものを食べましたのに、なぜ兄上だけがあのようになってしまったのでしょう?不思議でなりませんわ。」
若殿は少し眉を上げ
「献立を聞いても構いませんか?」
秋鹿は少し笑い
「たしか、ご飯、貝の佃煮、大和菜のお浸し、小魚の干物を焼いたもの、サトイモの澄まし汁でしたかしらね。」
と躊躇いもなく答えた。
う~~ん、私と変わらない中々庶民的な献立!もうちょっと甘いものが欲しいなぁ。
若殿は秋鹿から片時も目を離さず
「大原さんと兄君は仲が良かったですか?」
と聞くと秋鹿は微動だにせず見つめ返したまま
「そのようですわね。」
「仁多さんと兄君はどうですか?」
秋鹿はこれにも無反応で瞬きすらせずジッと見つめ返したまま
「私は知りませんが、時々遊びに来ていたようですわね。」
と抑揚のない声で答えた。
「二人が兄君と同じ毒にあたったようですが、それについてはどう思いますか?」
秋鹿は少し首を傾げ喜ぶでもなく悲しむでもなく
「そうですか。それは気の毒だと思います。」
とぜ~~んぜん気の毒だと思ってなさそうに答える。
あまりにも無関心な態度に大原も仁多も飯石も秋鹿には何の影響もない人々だったの?と訝しんだ。
『飯石の寝所を再び訪れ探し物をする』と若殿が言うので秋鹿の対を去る前、ふと辺りを見回して違和感を覚えたけど再び飯石を訪れたときには何だったか忘れてしまってた。
若殿は寝ている飯石に
「持ち物を調べますよ」
と話しかけ、飯石が目を泳がせ慌てたように見えたが若殿はニヤリと微笑み、部屋の端に置いてある長櫃の中を調べ始めた。
相手が動けないからといって後で『持ち物を調べるのを許した覚えはない!』とキレられたらどうするんだろう?と思いながらも私も若殿が中身を調べてるのを見てた。
大原と仁多と同じように経典の切れ端がでてきて、調度品や日用品や書物や文や硯箱や化粧箱がでてきたが、大原と仁多と同様に、特に目を引いた宝物と言えば桐の木を彫って色を付け漆を塗った人の顔のお面だった。
そのお面の顔は天狗のように鼻が長く前に突き出て、左右に羽のようなものがついた三角形の冠帽をかぶっておりその部分は麻布でできていた。
エラの張った頬高の顔は赤色に塗られていてギョロリとした目とぐにゃりと曲がった太い眉が怖いような、おかしいような豊かな表情をしていた。(*作者注:伎楽面酔胡王がモデルです。)
横から見ると異常に長く伸びた鼻が人間離れしていて、う~~~ん、私の天狗のイメージはこれだなぁと思いながらジックリとみていると、ハッと思いついて
「飯石が天狗が来る!って言ってたのはこれのことでしょうか?これが動き出して近づいてきたりしたら怖いですよねぇ~~!」
若殿は大原と仁多と飯石の経典の切れ端を合わせてみてピッタリと合うのを見て何かを考えこんだまま何も答えてくれない。その経典はまだ完成してないように見えた。
その後、この事件の真相を聞いても『まだ言えない』というばかりで何も答えてくれず、ヤキモキしながら一週間が過ぎた。
その頃には幸い仁多も飯石もほぼ回復したという知らせを受けた。
そういえば結局フグを食べてないのにどうやってフグ毒にあたったの?一体犯人は誰?あの宝物と破れた経典の意味は?天狗が来るって何?と疑問は頭の中でグルグル渦巻いていたが、それももう過去のこと・・・になりかけたころ若殿が急に
「秋鹿が動いた!牛車の後をつけるぞ!」
いうので我々は秋鹿の牛車と距離を取り馬で後をつけた。
鞍馬山の入り口まで来ると葛籠を背負った壺装束の女性が牛車から降り、しっかりとした足取りで鞍馬山に入っていった。
我々も馬をつないで秋鹿の後をつけ山に登った。
雪が降ってないから寒さはまだマシかと思ったけど、山中の落ち葉が発酵したまろやかな匂いは気持ちいいとしても、やっぱり肌を刺す冷たさにはじめのうちはブーブー不満をならそうかと思ったけど、リズムよく山道を登るうちに体が温もり汗ばむほどになった。壺装束に重そうな葛籠を背負った秋鹿は大変そうなのに軽い足取りでズンズン山に踏み入った。中々上に登ってる気がしない長~~~く続く九十九折参道に差し掛かったと思うと秋鹿が参道を外れ、山道を降りて行った。
見失わないように小走りでついていき腰の高さまであるような枯草を押し分けながら秋鹿についていくと、開けた場所にお堂がたっておりその中に秋鹿が入った。
そのお堂が見える位置にある木の陰に身を隠して様子をうかがっていると、お堂の中から
「ゥブゥ~~~ォォオ~~~~~~」
という法螺貝の音が聞こえ、お堂の中から秋鹿がでてきてキョロキョロと辺りを見回した。
ザッザッザッと落ち葉を踏み分ける音が聞こえたと思ったらお堂の奥の山中からくたびれた筒袖・括袴姿の背の高いガッチリとした体格の男が現れた。
遠目で見ているので顔はよくわからないが烏帽子も被っておらず、髪はザンバラな伸び放題・髭も伸び放題のザ・野伏(山野に寝起きして修行する僧)だった。
(その6へつづく)