鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その4
出居で待ってると飯石が現れ対面して座り
「弾正台の役人の平次さんですって?一体何のご用ですか?」
飯石は赤ら顔で長い団子鼻のゴワゴワして硬そうな長い眉毛の肩幅の広い独特の雰囲気の体格の男性だった。
若殿が飯石をジッと観察しながら
「大原と仁多とは知合いですよね?文をやり取りしていましたよね?彼らが受けた被害についてはご存じですか?」
飯石はビクッと少し身を震わせコクリと頷いた。
「彼らが被害を受ける直前にあなたに会いにここに来て何かを食べましたか?」
飯石は一点を見つめ固まりながら『いいえ』と首を横に振った。
若殿が袖の中から破れた経典の一部を取り出して見せ
「これに見覚えがありますか?」
飯石はそれを見るとすぐに全身が震えだし頭を抱え身体を折り曲げ前に倒れ込んだ。
「ぁぁあっっ!!次は私の番だっっ!くっ、鞍馬山のっ、天狗だぁっ!天狗が来るぅっ!!」
えぇっ~~~~!天狗っ?!本当にいるのっ?見たい!いつ来るのっ!とテンションが爆上がりしたが、飯石が怯えてるのでキラキラしたこの目の輝きは封印しないと!
でもなぜ怯えてるの?天狗に恨まれるようなことしたの?『次は』ということは大原と仁多と三人で何かして、身に覚えがあるから今こんなに怖がっているの?
うずくまりながら震え続けている飯石が
「・・・ぅぅぅっ!も、もう、帰ってください!何も話すことはありませんっ!」
とこもった声で呟いた。
若殿は私の顔をちらっと見て頷き、ここを辞すことにした。
帰り道大路を歩きながら
「ああやって怯える演技で自分が犯人なのをごまかす気だったのかもしれませんよ~~~」
と性格の悪い事を言うと若殿は腕を組んで顎に指をあて
「いや。あれは本当に怯えていた。三人が殺されても仕方がないようなことをしたのかもな。飯石の屋敷に見張りをつける。」
ヤバいっ!と思った私は
「私なら無理ですよ~~~!ぼ~~と立って屋敷を見張るなんて!すぐに眠ってしまいますし!役に立たないことを受けあいますっ!」
若殿が冷た~~~~い横目で私を見て
「お前は私の腹心の従者を名乗りながらいっこうに私の役に立とうという気概を見せないが主を何だと思ってるんだ?」
も、もちろんっ!楽に人生を乗り切るための金ヅル・・・・っ!とは言えない。
と焦っていると
「まぁいい。こっちもお前じゃ信用できないから別のしっかりした大人を見張りにつける。すぐ腹が減って物を食えばすぐ眠くなる獣の毛が抜けたような子供じゃなくてなっ!」
と口の端で笑いながら皮肉をた~~っぷりぶつけることで留飲を下げたようだ。ホッ。
数日後、飯石の屋敷を見張っていた従者から連絡を受けた若殿が飯石の屋敷へ向かうというので私も急いで食べはじめた餅を飲み込んでお茶でのどを潤し若殿についていった。
飯石の屋敷につくと女性の泣き声が聞こえ侍所で若殿が案内を乞うても誰も対応してくれる様子がないので、しびれを切らした若殿がドシドシと勝手に奥へ入っていくと、寝所で横たわる飯石の横に、飯石の母親ぐらいの年配の女性が泣き伏していた。
「何があったんですか?」
と若殿が話しかけるとその年配の女性が顔を上げ
「飯石様が・・・!若君が・・・!朝餉を召し上がった後、舌や手足がしびれると言って動けなくなりついにはお倒れになったのです!あぁどうしましょう!あ、あなたは?」
若殿が
「私は弾正台の役人の平次というものです。飯石が身の危険を感じていたようなので見張りをつけていましたが、犯人に出し抜かれたようでおそらく朝餉に毒を盛られたんでしょう。あなたは侍女兼乳母というところですか?」
・・・外部から侵入者がないとすると内部の者の犯行?ということは身内か使用人?まさか見張りが居眠りこいてたワケじゃないよねぇ?と自分は拒否ったくせに言うことは言う。
年配の女性が『ハイ』と頷き、心配そうに飯石を見つめまた泣き出しそうになってる。
飯石は全身の力が抜けたようにぼんやりと宙を睨んだまま仰向けに横たわって目が見えているのかどうかも分からないぐらい無反応だが、若殿が声をかけると仁多の時のように声にならない唸りを発した。
モゾモゾと手足を動かそうとするが目に見えない何かに縛られているように動けず、『う″~~~』と唸るばかりだった。
「意識があり、呼吸ができるならそのうち回復する。後で薬草を持ってこさせるから、それを飲ませてくれ」
と乳母に言いつけ
「同じ朝餉を食べた人は?同じ症状が出ているか?」
と聞くと乳母が思い出そうとし
「たしか妹君が同じものをお食べになったはずです。我々使用人は別のものを食べますから。父君と母君は赴任先で、兄妹お二人でこの屋敷にお住まいですの。」
と情報をくれた。
「その妹が動けるようなら話を聞きたい。案内してくれ」
とその妹がいる対の屋に案内してもらった。
乳母が御簾越しに
「秋鹿様、お加減はどうですか?大丈夫ですか?兄君はまだご回復なさっていません。そのことで弾正台の平次さんがお話を伺いたいといらっしゃってます。兄君のためにも何かお話になってご協力なさってくださいな。」
御簾の奥から
「私は大丈夫です。何も症状はありません。中に入ってください。対面してお話します。」
とよく透る琴の音のようなスッキリとした声が聞こえた。
御簾をめくって中に入り秋鹿と対面すると飯石とは長い丸い鼻は似ているがそれ以外は似ていないほっそりとした色白の富士額が美しい姫だった。
兄の飯石があんなことになった原因の朝餉を食べたのならさぞかし怖い思いをしているだろう。
(その5へつづく)