鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その3
続いて仁多の長櫃の中身も確認し始め、大原と同様の衣類や生活用品の他にはやっぱり経典の切れ端と、今度は東大寺の正倉にあるような陶器でできたラクダに人が乗った置物があった。
その陶器は首の下の毛が長いところや唇の分厚い感じやまつ毛が長いつぶらな瞳まで精巧にかたどってある茶色いフタコブラクダの上にとんがり頭巾をかぶって髭の長い彫りの深いエラの張った異国の服装をした人物が乗った『三彩騎駝人物』だった。
さっきの瑠璃杯といいラクダの唐三彩といい普段見ることができない貴重なものを『ただの』と言ったら失礼だが郡司の息子の衛士や医得業生の若者が持っている違和感はハンパなかった。
若殿はまた袖に経典の切れ端をしまい込んでた。
仁多の文の相手も言われる前に書き写す私は優秀だ。ウム!と内心威張ってるけど褒めてはくれない。
調べ終わり仁多の枕元で様子を見て若殿は
「おい、聞こえるか?」
と話しかけるとう~~んと唸ったかと思うと仁多が薄目を開け、首を少し動かし頷くと
「・・・・ぁぁあっう゛っう"ぐ、じ、っじびっでっでぇ」
若殿がウンと頷き
「痺れているんだな?フグ毒だと言いたいんだろ?」
と言うと仁多は少し目を見開き、弱々しく首を縦に振った。
「フグをどこかで食べたのか?」
と聞くと仁多は目をつぶり少し考えて首を横に振った。
えぇ~~?!フグを食べてないのに毒にあたったの?と不思議。
「毒をどこで盛られたのか心当たりはあるか?やりとりした文の中にその相手はいるか?」
仁多はまた少し考え首を横に振った。
う~~~ん。毒を盛っためぼしい相手がいないとなるとどこから手を付けたらいいのか・・・と若殿より先に心配してあげた。
「わかった。典薬寮から薬をもらってきたから毒が抜けるまで安静にしているんだ。快方に向かってるから助かるぞ。」
若殿は阿国に持ってきた薬草の煎じ方と用法用量を説明し飲ませるように命じた。
いよいよ捜査が行き詰ったように見えたので若殿に
「次はどうするんですか?左衛門府で大原の交友関係の聞き込みですか?それとも典薬寮で仁多の交友関係の聞き込みですか?それだと人数がハンパないですよぉ!二百を超えるんじゃないですかぁ?」
とめんどくさがると若殿がニヤリとして
「いいや。巌谷にある条件に当てはまる者の名前だけを拾い集めて書き出すように命じて、それを頼りに聞き込みに行く。」
次の日、弾正台の巌谷が若殿の出した条件に会う名前を書き記した紙をもってきたので私がチラ見すると十数人の名前と家族の名前、役職、住所が書いてあった。
「この人達を全部聞き込みに行くんですか?」
「いや、この中で大原と仁多と文をやり取りしていた人物が含まれる者たちから先に聞き込みに行く。まずは飯石だな。こいつは大原と仁多両方と文をやり取りしておりかつ私の出した条件『出雲国』に関係がある人物だ。彼の父が先の出雲国の掾(律令制下の四等官制において、国司の第三等官(中央政府における「判官」に相当する)を指す)だったらしい。飯石は左衛門府の衛士で大原と同僚だ。」
と言うので『アレ?』と思った私は
「仁多は文にある人の中に毒を盛られた心当たりはないと言ってましたよ!」
と聞くと若殿はニヤリとして
「いいんだ。」
と飯石の屋敷へ向かった。
飯石の屋敷は都でもいい立地とはいえないが、こじんまりとしたなかでも庭はよく手入れされていて、少し変わってると言えば庭木に一間(1.8m)ほどの高さの木に七寸(21cm)ほどもある大きな掌状に深い切れ込みがある葉がついてる『ヤツデ』の木が植えられていること。
確か『天狗の団扇』と呼ばれてたっけ。
対の屋は三つほどかな?でも渡殿が短くて対の屋が重なって、庭には物置小屋か厨か何かがゴチャゴチャあるので全体を見通せずよくわからないけど。
藤原邸みたいに対の屋と対の屋の間が広々として渡殿が長くて庭には橋のかかった遣水が通じる池やその中に島まである立派な庭を備えた屋敷はやっぱり裕福な貴族の贅沢品だなぁとつくづく思う。
若殿みたいにそんな贅沢に慣れ切った人間が落ちぶれると不自由と惨めさしか感じないだろうなぁ、可哀想にぃ・・・それならはじめから私のような使用人の方が気楽だ!と勝手に零落を想定して同情したあげくに『私の方が人生楽しい!』マウントで憂さを晴らした。
この屋敷に住む飯石が大原の死と仁多の毒殺未遂に果たして何か関係があるんだろうか?
(その4へつづく)