鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その2
と若殿が言うと巌谷は感心したようにウンウンと小さく何度も頷き
「ええと、二つ目は大原の発見から二日後、仁多という名の男が同じように鴨川の浅瀬に放置されたんですが、これはまだ息がありまして、自宅で療養しています。まだ昏睡状態で何も話せないので無事に意識が戻れば状況が分かると思うんですが・・・・。はぁ~~~どこから手を付けたものか、もし連続殺人事件だとすると次の犠牲者が出ないうちに犯人を捕まえないと!と焦りましてこうして恥を忍んでご相談に参ったわけです。」
「仁多は具体的にどんな状態でしたか?」
「手足はだらりと力が入らず声も言葉にならない音を発するばかりで、川から引き上げると意識がなくなり今も昏睡が続いています。」
「水を飲まずにいて幸いでしたね。大原と仁多の身元は調べましたか?二人の接点やそれぞれの交友関係や恨みを持つ者の有無は確認しましたか?」
「大原、仁多とも出雲国の郡司(律令国内の各郡を治める地方官)の子息で今は二人とも京に住んでおり大原は左衛門府(宮中の警護、行幸の供奉などに当たった役所)の衛士で仁多は典薬寮で学ぶ医得業生(国家の援助を受けて医学を研修した者)です。出身国が同じで年も二人とも二十五才とのことです。交友関係は、大原が属す衛士は数が多く全てに話を聞くことは大変なのでまだできていません。住居ですが大原と仁多は同じ衛士の宿舎に住んでいるようです。仁多は医得業生ですから本来は禁止されているはずですが。もちろんその部屋は調べましたが、死因に関係しそうなものは見つけられませんでした。あったのは女子と交わした文、調度品や貴重品や生活用品ぐらいでしょうか。」
う~~~ん。情報量が多すぎて頭が整理できないなぁ~~~。
そして眠くなってきた・・・と目がトロンとして居眠りしようと舟をこいでると、若殿が
「では私に部屋をもう一度調べる許可をください。仁多はその部屋で療養してるのですね?ついでに意識が戻っていれば話を聞きましょう。いくぞ、竹丸、典薬寮に寄ってからなっ!」
と大きいハキハキした声でいうので、ビクッとなってヨダレをすすり
「ふぁっいっっ!!」
といい返事をした。
若殿が言ったように大内裏の中にある典薬寮で医師と話をし、ある薬草をもらい受け、衛士の宿舎へ向かった。
「何の薬草ですか?」
「アケビ、ドクダミかな?利尿作用と解毒作用があるものだ。」
ビックリして
「仁多の症状の原因が分かったんですか?」
というと、何やら思い当たるという表情で
「だいたいな。全身の筋肉が麻痺し、呼吸筋まで麻痺が及べば死に至るが、呼吸ができる間に体内から毒が抜ければ助かる。利尿作用が毒排出の助けになればいいが。意識が無ければ飲ますことができないがな。」
衛士の宿舎は土間と高床からなる一室が数室連なる板屋根、板壁の建物だった。
入り口の引き戸の横の格子はおろしてあり、御簾をかけて中が見えないようになっていたので私が外から
「すいませーん!仁多さんに会いに来たんですが」
と声を出すと引き戸があき若い女性が顔をだし
「仁多はまだ意識が戻っておりません。」
若殿がにっこり微笑み
「私は弾正台の役人の平次と言うものです。お手数ですが、もう一度、大原という衛士の身の回りのものを調べ仁多に話を聞ければと思いまして。失礼ですがあなたは?」
その女性ははにかみ
「私は仁多が病床に伏している間身の回りの世話を命じられている下働きの者で阿国といいます。普段は宮中の兵司の女孺をしております。」
と頭を下げた。
大原も仁多も出雲国の郡司の息子ということは一応地方の有力豪族の子息だから粗末には扱えないのかな?
我々は仁多が寝ているところへ上がらせてもらい、若殿は仁多の意識が無いことを確認した後、持ち物の長櫃を調べ始めた。
「大原の持ち物はこちらですね?」
と阿国に聞き頷くと蓋を開け中身を確認し始めた。
中に入っていたのは、狩衣や括袴、小袖、襪、帯などの普段着や下着、烏帽子類、扇、手巾、刀、文、硯箱、化粧箱、など生活用品や変わったものと言えば経典の巻物を破ったようなものが入っていたのと、東大寺の正倉にあるようなめずらしい青色の瑠璃杯だった。
その瑠璃杯は濃い青色の瑠璃の器部分に同じ瑠璃の丸い輪っかを張り付けた模様があり、脚の部分は金色の金属で竜の模様が彫り込んであった。
それが無造作に手巾で包んで長櫃の底に置いてあり、経典の切れ端とともに他の持ち物に比べて違和感だらけだった。
文に名前があるものはその名前を全部書き写すようにと若殿に命じられそれを書き写している間、経典の切れ端を袖に入れてるのを見かけた。
・・・大原の持ち物を持って帰る許可は取ってるんでしょうね?
(その3へつづく)