鞍馬山の法螺(くらまやまのほうら) その1
【あらすじ:高慢な修験者が死後蘇ってなるといわれる天狗だが、それって謙虚な天狗はいないってこと?鞍馬山を水源とする鴨川で発見された衛士の死とそれに続く毒殺未遂は天狗の仕業かそれとも過去の悪行のせいか。時平様は今日も謙虚に法螺を吹く!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は法螺貝は金管楽器ですってね!というお話(?)。
ある日、朝政から帰るなり若殿を捕まえて、従者仲間からさっき聞いたばかりの面白い噂を伝えようと
「若殿っ、ねぇねぇっ!ちょっと聞いてくださいよぉっ!従者仲間が主の貴族と先日、鞍馬山に参拝に行ったとき、九十九折参道に差し掛かったところで法螺貝の音が聞こえたと思ったら、突然山道を横切って走る天狗のような影を見かけたらしいんです!」
若殿は眉間に皺をよせ眉唾だなぁという表情で
「なぜ天狗だと分かった?飛んだのか?背中に羽があったとか?」
・・・?それもそうだなと思った私は
「天狗って『人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの』とか『優れた力を持つ高慢な修験者や仏僧が死後に転生し天狗になる』とかいうので修験者の恰好をした『犬っぽい顔』?の人を見間違えたんでしょうかねぇ。」
と一気に冷めた。
だって、本物の天狗なら背中の羽は必須だしそれなら山道をトコトコ走るかねぇ?私なら空を飛びまくってアチコチ遊びまわるけどねぇと。
でも『・・・いやまてよ!』とひらめき
「もしかして山中は木が多いから羽が当たって飛びにくくて走ってただけかもっ!背中に羽が生えてたかどうかもう一回従者仲間に聞いてみますっ!」
と出かけようとすると、また弾正台の役人・巌谷が侍所に姿を見せ、バツが悪そうに頭を掻くので『間が悪いなぁ』と思ったが
「取り次ぎますか?」
巌谷は『へへへ』と愛想笑いを浮かべて頷いた。
出居に通して若殿に取り次ぎ、私も若殿の後ろに控えて面白い事件ならお伴しよう!と様子をうかがった。
若殿は座るや否や
「堅苦しい挨拶は抜きにして要点を話してください。」
と釘を刺したので、手をついて頭を下げようとしていたのをギクッ!と背筋を伸ばして引き上げ
「は、はいっ!では、まず一件目は五日前、大原という衛士が鴨川の浅瀬で死亡しているのを通りがかった人が発見したことでした。」
またぁ~~?!この頃死体にかかわることが多いなぁ。
私はまだ十歳の『子供』なのに死体に慣れてしまえば情操教育に悪いし、死体を見た直後でもご馳走を平気で食べるようなサイコパスっ子になってしまうかも。
若殿が扇を顎に当てながら
「死因は何だったんですか?不審な点が無ければここへは来ないでしょう?『まず』と言いましたが二件目は?」
巌谷は続けて質問されたのでどこから答えようかと少し鼻の下を指で擦ってウ~~ンと悩むと
「そうなんです。いつも頭中将様に丸投げではお恥ずかしい限りなので、まず我々で調査しようという事になりまして、」
とチラッと上目遣いで若殿を見たが、『偉いねぇ~~~!』と褒めてくれるはずもないのに何を期待しているのっ?!と口に出しそうになったが巌谷は続けて
「まず、大原の死因はわかりませんでした。」
と胸を張り、
「しかし、大原の胸を押すと口から水がでてきたので水を飲んだことは確かです。溺れたにしては身体のあった川の場所は浅すぎるので不審に思い、頭を打つとか手足を骨折するとか身動きできない状態で鴨川に放置されたと疑い調べましたが、川底で擦ったようなかすり傷は腕や足の露出した部分にはありましたが、大きな外傷はありませんでした。」
おぉ~~!ちゃんと調べてる!と感心したがそもそもそれが仕事。
若殿がニヤリと口の端で笑い
「もちろん、手足を縛るなどの動けない状態にされた痕跡も探しましたよね?」
巌谷はエヘン!と胸を張り
「もちろんです!縄の跡もなく、でもまぁ何か特殊な方法で身動きを抑えられていたならわかりませんが。」
と難しい顔をした。
「では薬か何かで動けなくされた状態で頭を川に沈められ窒息死したのかもしれませんね。で、二つ目の事件は?」
(その2へつづく)