芥川の人鬼(あくたがわのじんき) その5
「これは越前国の最高級斐紙の薄様で墨は最高級の油煙墨(油を燃やして煤を採煙し、膠、水、香料などと混ぜ合わせて造られた墨)だ。こんな紙を詠草料紙(和歌をしたためるための紙)ではなく連絡の文に使えるのはよっぽどの富裕貴族か皇族だな。薄様は特に女性が好んで使う。」
「『芥川の人鬼』って何でしょう?誰かの事でしょうか?それとも人外のモノのこと?芥川って摂津にある淀川の支流ですよね?そこに出る鬼でしょうかねぇ」
相変わらず人外とか心霊とか未知の生物とか見てみたい!っとテンションが上がる。
若殿がハッと何か思いついたような顔で
「ひじき藻、芥川、鬼、最高級斐紙の薄様・・・と言えばわかるか?」
私はキョトンとして『いいえ!』と首を横に振る。
「では『伊勢物語』を知っているか?その中で故・在原業平殿と目される男と二条后と呼ばれる女性の恋が描かれているのが『第三段 ひじき藻』『第六段 芥川』にあり、とくに『芥川』のなかで男は女との駆け落ちするが、追いかけられ『鬼』によって女が食われたと書かれている。『伊勢物語』は主人公の『昔男』が在原業平のことで、事実を物語にしていると考えられているが、駆け落ちの部分で実際にあったことと言えば、二条后が在原業平と駆け落ちをしたが、当時まだ身分の低かった父上(藤原基経)と伯父上(藤原国経)に止められ連れ戻され清和帝に嫁がされたとされる。つまり『芥川の人鬼』とは父上のことを指しているのだろう。」
「となると大殿に恨みがあって嵌めたのは・・・二条后!!!・・・ってつまり誰ですか?」
若殿は少し肩透かしを食らったようにコケたが気を取り直し
「父上の同母妹で陽成院の母君で現在の皇太后・藤原高子様だ。」
確か陽成帝を退位させたのも大殿だと聞くし、皇太后にとっては『敵!』以外の何物でもないのね。
「はぁ~~~~!そうですかぁ!自分の恨みを大殿に知らしめようと手掛かりを残して大殿を帝暗殺犯に仕立てようとしたんですかぁ!へぇ~~~怖いですねぇ~~~!でも証拠はありませんよ!あっ文の筆跡?でも本人が書いたとは限りませんねぇ。」
と腕を組んで顎を触り考え込んだ。
若殿はまだ確かめることがあると言って鼠取りにかかった鼠二匹にそれぞれ非時と帝の食べ残しのひじき団子を同じ量食べさせて反応を見たり、皇太后や帝に文を書き届けさせたりした。
片方の鼠は食べてすぐ死んだが、もう片方は全く普通と変わらなかった。
数日後、帝はすっかり回復なさり、都中の人々は安堵していたが、若殿は帝からの返事を読み、皇太后からの返事も読み終えウンと頷くとやっと私に
「帝の見舞いに行くぞ。ついでに浄見にも会おう!」
と嬉しそうに、そしてちょっと寂しそうに命じた。
宇多帝の別邸につくとまだ帝が到着してないとの事で宇多帝の姫と遊んですごしているうちに帝が到着したので主殿に急ぐ若殿にくっついていった。
ボンヤリ遊んでる間に今回の事件について何か聞き洩らしては大変!
帝が座に着くや否や正座していた若殿は両手をつきガバっと頭を下げ床に頭をこすりつけ
「父の、過去の度重なる数々のご無礼をお許しください!帝におかれましては玉体を賭してまで父をお恨みなされていらっしゃるとは思いも至りませんでした!しかし、先の短い老人ゆえ、なにとぞ、過去の働きに免じて父が犯人と世間に後ろ指をさされ晩節を汚すことがなきようお怒りをお鎮めくださいますようお願いいたします!この先は帝に盾突く気力も残っていないと存じます。私が責任をもって言い含めます。ですからどうぞ、父を帝暗殺の謀反人と名指しすることだけは、ご容赦いただきたいっ!」
えぇ~~~~~~~~っ?!!
いったいどういう意味?なぜ帝に?何を謝ってるの?結局誰が犯人?大殿?皇太后・藤原高子様じゃないの?と五里霧中。
(その6へつづく)