芥川の人鬼(あくたがわのじんき) その4
と若殿が蛍に聞きなおし、それが『遊びたい』だと分かるまで少し手間取った。
『恥ずかしがるのは二十代までにしてほしい・・・』と思ったが口に出すと使用人仲間の間での私の地位が脅かされそうな、もしくは給金に影響しそうな気がするので言わないが。
・・・影の実力者には反感を持たれないに越したことはない。
「非時と口論した原因についてそばにいた鷲丸が何か話していたか?」
蛍 は『いいえ』と答えたがこれは後で聞いたどの使用人も同じだった。
なぜかひじきについて若殿が唐突に質問したのに使用人たちは少し考えるとすぐに思い出し
「そうです!三か月ほど前にひじきを売りに来た行商がいました!愛想が良くて面白い話をいっぱいしゃべって中々腰を上げないので相手をしていた料理人頭はちょっと辟易していました。結局ひじきは少し購入したようです。夕餉に出たことがあったでしょう?」
と言った。
いよいよ非時とも幼女強姦事件とも関係がありそうな従者・鷲丸を呼び出した。
鷲丸は鼻と頬が前にでて顎が引っ込んだ鳥のような顔つきのおでこが広くて首が長いところまで鳥そっくりの風貌で目だけがギラギラとひかり、鷲や隼のような猛禽類を思い出させた。
若殿は嫌悪感を隠しきれないように口角を痙攣させながら
「お前が父上に女性をあてがった際に、若すぎる例えば八つに満たないような少女をあてがったことはあるか?」
と早口で聞くと鷲丸はフフフと笑い
「いいえ!大殿の好みは色気のある大人の女性です。幼女を相手にしたことなど一度もありません。そんな異常なご趣味はありませんよ。どうして太郎様はそんなことをお聞きなさるのですか?」
と少しバカにしたように笑った・・・ように見えただけ?
若殿は眉をピクつかせ真面目な顔で
「では非時と父上が口論した内容は?」
鷲丸は少し思い出そうとし
「確か、非時が私の田畑を返せ!と言ってました。開墾した荘園を大殿の息のかかった富豪農民に利子として取られたようでした。」
あれ?非時は典薬寮の役人で、その前は橘広相様の従者で農民ではないはず?
若殿も違和感を覚えたようで
「それは確かに非時か?お前は非時を知っているのか?」
鷲丸は首を横に振り
「いいえ。知りませんが、大殿が数日前口論してたのは私が知る限りその時だけですから。」
「ではこの紙に『私、鷲丸が関白と非時の口論を目撃した』と証言を書いてくれ。必要になるから。」
と私に文机から紙と筆と墨を取らせ鷲丸に書かせた。
若殿が袖の中から取り出した紙と見比べると眉にまた痙攣が走りギロっと鷲丸を睨み付けると
「なぜ父上を不名誉な罪で貶めようとした!この筆跡はお前だろっ!自ら幼女など相手にしていないと言いながら、なぜ弾正台には幼女強姦したと投書したんだ!」
と投書を投げつけ怒鳴りつけた。
鷲丸はビクッと身を震わせうつむいたが、観念したように
「そ、それは・・・大殿に、恋人を寝取られたからです。女性を紹介しろと命令されいろいろなところへ案内しましたが、そこの女主人ではなく、侍女である私の恋人を見染め夜伽をさせたのです!その復讐として何とかして大殿の名を貶めたかったんです!あぁ今すべてが明るみになり、こうなってはここにいられません。今すぐクビにしてください!」
と涙をこぼしながら土下座した。
・・・やっぱり大殿は自分の手癖の悪さで自分の首を絞めてるなぁ。
若殿は鷲丸を解雇するどころかニコリと微笑み肩にポンと手を置き
「すまなかったな。父上を許してくれ。このままお前がいなくなれば父上が寂しがるだろうからこれからもここで働いてくれ」
となぜか下手にでてたけど?なぜ?
さっきまであんなに怒り狂ってたのに?と不思議。
その夜、若殿の対の屋でまだ解決していない非時の死と帝の暗殺未遂の犯人について
「非時と帝はひじき団子を食って被害を受けたということは、ひじき団子を送ったやつが犯人ですよね?藤原邸にもひじきの行商は来たし、もしかして非時は帝の御膳にひじき団子を忍ばせた実行犯で、その非時を口封じに殺したのが大殿と考えられませんか?例えば非時に『帝の大好物だが訳あって帝の御膳には上がらないからこれを御膳に紛れ込ませるように』と、『お前にはそのお裾分けで余った分を食べていい』と命じておいたとか?目撃者の前で口論したのは実は仲間だと疑われないためとかじゃないですか?」
とキレッキレの推理を披露したが、もし真実なら明るみになる前に次の勤め先を探し始めないと!
若殿はムッと睨んで
「という間違った推理を弾正台にさせたい誰かが企んだんだろう。誰だ?集めた手掛かりの中で役に立ちそうなものはこの非時にあてた文だ」
と見たこともない優しい肌合いのきめの細かい紙に見たこともないキラキラとした紫色っぽい墨で
『xx大路で関白と口論するところを見物人に見せろ。すべては「芥川の人鬼」を懲らしめるため。』
と書いてあった。
『芥川の人鬼』って何?それをやっつけるため?になぜ大殿を嵌めたの?
(その5へつづく)