芥川の人鬼(あくたがわのじんき) その3
私もお伴して若殿が大内裏(天皇の居所である内裏と政府諸官庁の置かれた一区画)にある弾正台を訪れると、にわかに人々が忙しそうにざわめき舎人が走って役所間を行き来し、何かを告げて回っているようだった。
巌谷を呼び出してもらい話を聞くと巌谷は声をひそめ
「実は主上にあらせられましては、先ほど、突然ご気分が悪くなられ、床に伏してらっしゃるとの一報がまいりまして、慌てふためいているのです。」
「原因は何だ?病か?怪我か?食あたりか?」
巌谷は首を横に振り
「私どもの方まではまだ詳しい情報は来ておりません。典薬寮へお行きになってはいかがですか?」
典薬寮ではもっと忙しそうに人々が走り回り、帝を治療する薬を検討し調合するための会議が行われており、薬草の調達を命じられたと思われる舎人が出て行ったり、何かを持って入ってきたりで騒然としていた。
若殿は典薬寮の医師を捕まえ
「帝のご病状はどうなのだ?原因は何だ?」
医師は
「どうやら昼餉の献立には無いひじき団子を召しあがられたようでして、そのお毒見が済まないまま少し食べられた途端気分が悪いといって寝込まれたのです。」
ひぇ~~~~!ひじき団子と言えば非時が食べて死んだと思われてるもの?も、もしかして帝の暗殺にも使われたってこと?ということは帝の命が危ないってこと?とドキドキが止まらない。
帝にもしものことがあれば若殿や大殿はどうなるの?陽成院が復位なんてことになれば皇太后が権力を取り戻し、嫌われてる若殿たちは虐げられるに違いない!それとも大殿はまた都合のいい傀儡をどこかから調達するのかしら?と気の早い心配をした。
若殿は驚き目を見開いて
「誰が持ってきたものだ?帝が召し上がるものは全て記録しているはずだろう?」
医師は泣きださんばかりにベソをかいて
「そ、それが・・・!誰がいったい帝のもとまで持ち込んだものか、内膳司なのか誰かが帝の御膳に忍ばせたものか、何ともわからないのですっ!」
若殿はムリヤリ落ち着きを取り戻そうとふぅっと息を吐くと
「で、ご病状はどうなのだ?」
医師はホッとため息をつき
「はい。そ、それは、ご安心くださっていいと思います。脈を拝見したところそれほどご重症というわけではなく、毒の量が少なかったとみえ、明日までには毒も消えご回復なさるかと思います。」
なんだぁ~~~~~っ。
不幸中の幸いで食べる量が少なかったのね。さすがに帝はガツガツしてらっしゃらない。
自分だったら非時のように致死量を食ってた!と思うとゾッとした。
それにしてもひじき団子ってどんなの?おいしいのかな?流行ってるの?と興味が湧いた。
若殿は弾正台で少女強姦の投書を数枚を見せてもらい、匿名であることを確認したがその筆跡は二種類あるので差出人を探す見本として二枚をもらい受け、非時の家を調べる許可をもらい非時の家へ向かった。
巌谷の話によると非時は典薬寮の使部で雑役を担っていたが、これは三か月前に突然任命され配属されたらしい。
それ以前は何をしていたのかは典薬寮の人は知らないようだった。
非時の家は貴族の使用人が住んでいるような土間と高床からなる一室の小屋が並んだ家のうちの一つで下級役人とはいえ簡素なものだった。
若殿が上がり込んで置いてある非時の持ち物を調べている間に私はご近所に聞き込みをして非時には親兄弟も妻子もおらず、楽しみが何かもわからないほど一人で寂しく暮らしてること、典薬寮に勤める前は左大弁・橘広相様の従者だったことを知った。
私の情報と交換に若殿は、非時にあてた文が残っていたことと土間の竈のそばに白い粉を入れた麻袋と硬い黒い海藻をいれた麻袋があったこと、それを一部取り出して持って帰って調べることを教えてくれた。
藤原邸で若殿は使用人への聞き込みを開始し、一人ずつ呼び出して面談することにした。
なぜか私に墨をすらせて紙と筆を用意させた。
その質問の要点は
・大殿と非時の接点を知っているかどうか
・ひじきについて何か変わったことがなかったか
・大殿の通い先について知ってることがあるかどうか
だった。
大殿が非時と口論した日に大殿と一緒にいた従者・鷲丸に真っ先に話を聞くかと思ったがそうはせず、大殿が最も信頼をおき着替えや配膳などの身の回りの世話を一手に取り仕切る侍女頭の蛍 に話を聞いた。
「父上が非時と口論したときそばにいた鷲丸はどんな男だ?」
蛍 は四十ぐらいの私より古参の侍女で、威張ってもいいぐらいの経験と地位なのに終止大人しく無駄口は一切せず、若殿と目を合わすことすらおこがましいと思っているように伏し目がちで控えめに
「三か月ほど前、使用人頭が雇い入れるとすぐに大殿の御心をつかみ、女子のもとに通うときはいつも鷲丸をお伴にされました。」
「鷲丸が女子を見繕って父上にあてがっていたということか?」
蛍 は少し『はしたないことを』というように頬を赤らめ
「はい。以前からの長いつきあいの方たちのときは別の従者でしたが、大殿が新しい女性と、その・・・・たいというようなときは鷲丸に頼んでいたようでした。」
『・・・たい』って何?と思ってると
「え?!何?何と言った?」
(その4へつづく)