芥川の人鬼(あくたがわのじんき) その2
私が助け舟をだそうとして
「大殿を貶めようとする根も葉もない讒言じゃないんですか?大殿は女遊びは激しくても少女を無理やりなんてことはするはずありません!そもそも好みは色っぽい女性ですよ!・・・あんまり知らないけど。幼女好きなんて、そんな・・・そんな変質者じゃありませんっ!」
と滑らせた口をアッ!と開けたまま若殿を見ると冷や汗をかいてまだ硬直してるので聞いてないみたい。
セーーーーーフっ!!
巌谷は若殿の態度を息子として親の恥部を曝露されたことに衝撃を受けていると解釈したらしく続けて
「そのことについても、関白家内で調査し、内密に被害者の救済などに当たっていただければ弾正台としては公にしませんので。関白家の醜聞は決して!決して外部に漏らしません!」
と血走った目で切腹でもしそうな勢いで忠誠を誓った。
う~~~~ん。自分を忠実な飼い犬とでも言いたげな、自分だけの夢想の境地に入り込んで悦にいってる。
自己犠牲とか被虐的な妄想は雪だるま式に膨らんで、まるで悲劇の主人公になったような破滅的悲痛の感覚はある意味はクセになる。
・・・これがマゾヒズムかしら?
つられて
「それは是非守ってもらわないとっ!大殿が今までに築いた信用と面目がガタ崩れだっ!」
と私も鼻息を荒くした。
若殿は青い顔で一点を見つめたまま強張った体を折り曲げ
「・・・ありがとうございます。」
と今までのどんな時の巌谷よりもコチコチになって深々と頭を下げた。
大殿が帰宅するや否や若殿はズカズカと主殿に乗り込み苛立った口調で
「父上、お聞きしたいことがあります。人払いを」
と言い放ち使用人が立ち去ったのを見計らってドカッと座り込んだのを見て、いつもの親を立てる謙虚な態度とあまりにも違うのを見た大殿が少しムッとして
「太郎、えらくなったもんだな。わしにその態度とは。」
若殿はキッと睨み付け
「尊敬に値する父かどうかはこれから判断します。数日前父上と激しい口論をしていたのを見られた非時という典薬寮の役人に何かしましたか?」
大殿はゆっくりと対面して座り扇で顎を掻きながら思い出すようにして
「はて、・・・非時というのは誰だ?確かに数日前牛車を止められ『牛が足を怪我したからこれ以上動けないので歩いてくれ』と言われ車を降りたところ男に『お前のせいで土地を失い一文無しになった!どうしてくれるんだ!』と因縁をつけられた。従者の鷲丸がその男をなだめてくれるまで一方的に罵られたな。それを周囲に見られておったかもしれんがそれがどうした?」
「その非時が今朝死体で発見されました。毒物を飲まされたようでした。」
それを聞いて大殿は顔色一つ変えず
「それがどうした?わしがやったとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。そんなことで殺していたら都に人は誰もおらんようになるわ!」
と吐き捨てたが、自分の数々の悪行をよ~~~~~く自覚してらっしゃるお言葉。そのへんは偉い!といつも思う。
「では、もう一つ、」
と若殿はグッと奥歯をかみしめ
「年端も行かぬ少女に夜伽をさせたということはございませんでしたか?」
と目の奥まで視線で射抜き、息の根を止めようとするように鋭く大殿を睨み付けた。
大殿は微動だにせず重そうにゆっくりと瞼を閉じては開き若殿を見つめ返すと
「それは何の冗談だ?わしが?幼女を手籠めにしたというのか?それこそ根も葉もない言いがかりだ。誰が言った?そいつに何の下心があるんじゃ?わしを貶めて何を企んでいる?お前にはそれが分からんとでも言うのかっ!」
と最後は語気を荒げた。
若殿は一歩も引かず強い口調で
「弾正台に複数の投書が寄せられたそうです。被害者との交渉は内々にするようにと言われました。父上が認めて被害者の名を明かしていただかないと、弾正台が公にすれば、それこそ今までの父上の業績や面目に泥を塗られます。」
大殿は鼻の横に皺をよせ心底軽蔑したように
「お前を見損なったぞ。わしが本当にそんなことをするとでも思っているのか?今まで一体わしの何を見てきたんだ?その投書をした奴を見つけ出し問いただせ!何を企んでいるのか突き止めて罰しろっ!」
と怒鳴った。
その剣幕に若殿は少しひるみ大殿の無実を少し信じ始めたように
「では、弾正台に行って投書の主を付きとめます。非時の死に関しても幼女の強姦に関しても事実無根ということですね?」
と念を押すと大殿は眉根を寄せ険しい表情で頷き
「そうだ。誰かがわしを嵌めようとしているに違いない。」
と低くつぶやいた。
大殿を嵌めようという人間はごまんといるが、若殿のデリケートな部分をついてくるなんていったい誰の仕業なの?
(その3へつづく)