芥川の人鬼(あくたがわのじんき) その1
【あらすじ:朝廷での医薬をつかさどる典薬寮の役人が時平様の父君・基経様と激しい口論の後、死体で発見された。恨みを持つ敵がわんさかいる基経様は殺人犯と疑われる上に不名誉な罪まで着せられそうだが、果たして真相を暴くことができるのか?時平様は今日も鱗を逆撫でされる!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は実際に起こった出来事を物語にしてしまう場合は二次創作ですかねぇ?というお話(?)。
ある日、藤原邸に弾正台の役人・巌谷が訪れ若殿に目通りを願った。
巌谷はいつも若殿をおだて上げて上手にその気にさせて事件の調査をガッツリ押し付けるという敏腕手管を持った役人。
その容貌は太い眉と四角い顔、長いモミアゲ、大きな口に厚い唇という見るからに不器用そうだけど、それゆえ素朴・実直に見え嘘などついたことがない!本心から敬服しています!という雰囲気を醸し出して若殿は信じ切って乗せられる。
私が若殿を出居に連れて行くと巌谷が早速口を開きなめらかな口舌で
「これはこれは、頭中将様、先日の呪詛事件や連続不審火事件の犯人逮捕にご協力いただき誠にありがとうございました。」
と言いながらキッチリとした正座から、床につく程深々と頭を下げた。
あんまり長い間頭を床にくっつけているので若殿があせって扇を下から上に振り
「あぁっ!もう上げてくださいっ!今日は何の事件ですか?」
巌谷はまだ手をついたまま顔だけ上げて若殿を見つめ
「いいえ。いつも頭中将様には犯人逮捕までしていただいて、我々の無能を日々反省いたしております。ついては、今回は我々弾正台の人間だけで解決いたしたく、ご助言だけ頂ければ身を粉にして駆けまわり必ずやご迷惑をおかけせず済むように粉骨砕身・不惜身命の心がけで・・・」
若殿が扇でぴしゃりと手を打ちさすがに冷ややかな顔つきで
「めんどくさいので早く用件を言ってください。」
というと、巌谷は急いで体を起こし早口でしゃべり始めた。
「実は、今朝、典薬寮の役人・非時が自宅で死亡しているのを使用人が発見しまして。死因が毒を飲んだものと思われるのですが、ひじき藻を使った団子に含まれていたようでして、食べかけの団子が死体のそばに落ちていました。その団子が自分で用意したものか他人に食わされたものかの判別がつきませんので、ご意見をいただきたいと参りました。」
サッサと用件だけを話せるのになぜクドクドと駄弁を弄した?『自分たちも頑張ってますよやる気はありますよ』アピール?うん。気持ちはよくわかる。『やってる感』を出せば大抵のことは多めに見てもらえるしね!
「持病や外傷がなく遺書や自殺を思わせる予兆もなかったのでひじき団子が死因と判断したんですね?そのひじき団子の入手経路は?自分で調理したのか市で売ってるものなのかわかりますか?」
ウンウンと頷きながら若殿の言葉を聞き入っていた巌谷は質問されハッとして
「いいえ。その、まだそこまで考えておらず、非時の家の捜査もまだでして・・・」
「食べ残しのひじき団子はもちろんとってありますね?それと毒物や遺書、やり取りした文など疑わしいものを探してください。」
「ハイッ!」
とピシッと手をついて頭を軽く下げたが、そのまま固まり立ち去る気配もないので若殿が不審な表情で
「ん?他に何かあるんですか?」
「じ、実は、非時が数日前に関白様とある場所で激しい口論をしていたところを見たという匿名の投書が先ほど弾正台に届きまして、その真偽を太郎君である頭中将様ならご存じかと思いお尋ねしたく存じまして。」
若殿は眉をひそめ
「ゴロツキが書いたかもしれない匿名の投書を信じるなんておかしいですね?何か理由があるんですか?」
「そこには貴族・紀何香も見ているはずだから確かめればいいと書いてあったので、ここに来る前に紀何香に確かめたところ、女子のもとに通う途中、xx大路で関白様が車をおり非時と思われる男と激しい口論しているところを見た、他にも見物人がいたと証言したのです。紀何香は非時と話したことがあり顔見知りということで間違いはないかと思います。」
若殿は少し考えこみ
「で、私から父上に真偽を聞くほうがいいだろうと判断したんですね?我が屋敷内の聞き込み調査は私に任せるということですか。まぁいいでしょう引き受けましょう。」
巌谷は深刻そうに頷き、もっと困惑した表情を浮かべためらいつつも
「実は・・・」
「まだあるんですか?」
「今回の件とは関係ないと思うのですが、関白様が年端も行かぬ、八歳にも満たない少女を強姦したという投書も数日前から複数寄せられているのです。」
えぇっ!!これには若殿も平然としていられないだろうなぁ~~と思ってチラリと顔を見ると血の気が引いたまま瞬きのように目を痙攣させている。
(その2へつづく)