脆弱の紅瑪瑙(ぜいじゃくのあかめのう) その4
若殿が歯でカリっと何かを割り、口から出して見せるとそれは赤土色の半透明で丸く平たい半月状のものだったが、直径は三寸(9cm)もなくせいぜい二寸(6cm)ぐらいだった。
若殿も石を食べたのね!なら同じ病気になるってことでまず安心。
若殿がつまんだそれをいろんな角度で眺めながら
「これは水あめを固めたものだな。味は水あめよりも甘い。どうやって作ったんだ?」
へぇ~~~!飴かぁ。なるほど。確かにずっと舐めていて気付いたが蜂蜜の味がしなくなっても甘くてまるで水あめのようでいて風味は少し違った。市で売られている水あめは麦芽を使って餅米からつくるので麦の匂いがするし甘味もこれより薄い(麦芽糖)。この飴は今まで嗅いだことのない匂いだった。何より驚いたのは固さ!こんなに固い飴は見たことも聞いたこともなかった。
家蜂屋は真っ青になって
「えぇ?どういう事でしょう?瑪瑙は蜂蜜にいれると固い飴になるんですか?」
と言うので私は『へぇ~~~そうなんだ!石が飴になるなんて不思議な事が起こるもんだなぁ』と感心したが若殿が
「トンチンカンな事を言うな。こんなに短時間にそんなことがあるわけないだろう。最初から飴だったんだ。家蜂屋じゃないならあなたですか?」
と七宝屋を睨んだ。
七宝屋がビクッとして
「な、なぜ私が?先ほども申しあげた通り、お売りしたものに不備があったり粗悪なものを売ったりすればこちらの信用にかかわります。天下の関白殿と今後の商いを棒に振ってまでなぜ私がそんな細工をする必要があるんですか?」
若殿は面白そうに眉を上げ笑みを浮かべ
「本当に、なぜこんなことをしたんですか?あなたでないとすると、あなたが知らないうちに弟子が瑪瑙を飴にすり替えたとでも言うんですか?飴と石の見分けがつかないほど耄碌していてその商売を続けられるんですかあなたは?」
と意地悪を言うと七宝屋は怒って
「畜生ッ!何て奴だ!親が親なら子も子だなっ!ろくでもない奴だっ!そうだよっ!私が関白の奴めに飴を売りつけたんだよ!サトウキビという唐渡の貴重なキビを煮詰めて作った飴だ!その飴が宝石みたいな顔して石帯に括り付けられて、朝廷でまじめな面した関白が威張って会議してるところを想像してみろ!可笑しくって留飲も下がるってもんだ!どうだ!面白いだろうっ!ハッハッハッ!いい気味だ!なのに邪魔しやがってぇ!」
と若殿を睨み付けた。
若殿は急に深刻な顔になり低い声で
「父があなたに何か恨まれるようなことでもしましたか?」
私はもうぜ~~んぜん驚かないが、大殿、今度は何をしたの?
七宝屋は嫌悪感に襲われたように眉を痙攣させ口をゆがめて
「あれは十三年前のことだ。奴の従者と名乗る男が私を訪ねてきて、『主が気に入ったから一晩付き合ってほしい』と当時十五歳の私の可愛い一人娘を差し出すように言った。何といってもこっちはしがない商人で、あっちは右大臣様だ。逆らうことはできねぇし、あれだけの金持ち有名人の手が付けばうちの娘も玉の輿で将来も安泰だ。嫌がる娘に道理を説いて噛んで含めて説得し奴の元に行かせた。それがどうだ!一生面倒見てくれると思っていたのに気に入らなかったのか一晩で捨てられ、はした金を握らされ家に帰されたんだ!娘は身体にも心にも傷をつけられ恥ずかしくて外を歩けないと家の中で泣いて過ごすようになりついには病に臥せって一年後には死んじまった。奴の良心と常識を信じた親の私も馬鹿だったが娘を傷ものにしておいて平気ではした金で済まそうとする奴の汚い性根が許せなかったんだ!いつか仕返ししてやろうとこの十三年間ずっと機会をうかがっていたんだ!命を取ろうってわけじゃないんだから奴のしたことに比べれば公衆の面前で恥をかかすくらい別にどうってことないだろっ?!若君よぉ!」
と上気した顔にうっすらと笑みを浮かべていた。
若殿ははぁ~~~と深くため息をつき頷いて
「そうですね。確かに瑪瑙の代金くらいでは怒りはおさまらないでしょうね。もし機会があれば若い女性には権力者の甘い言葉に引っかからないように教育してください。」
と頭を下げた。
他人事風に言ってるけど若殿も将来気をつけないとダメだよ!女性を傷つける真似をしちゃ絶対ダメ!
「でもどうして『飴を瑪瑙に見せかける』だったんですか?嫌がらせなら匿名でゴシップ紙を都中にバラまくとか噂を流すとか粗悪な宝石を売りつけるとかでもよかったのに?」
と私が言うと七宝屋はさっきとは打って変わって力なく肩を落とし
「ああそうだ。わかってるよ。こんなことをしても娘のためにも何にもならない、無駄なことだったとね、ただ、昔の威厳を瑪瑙の石のような立派なものだとすると、関白様の今は、見かけだけの、舐められてすぐに溶けて消えてしまう飴のように脆くて陳腐なものだ・・・と言いたかったんだよ。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
カリスマ有名人にはお付きの者が崇拝しすぎ迎合しすぎるあまり、他人を軽んじ蔑ろにしてしまうんでしょうねぇ。
ちなみに昨今話題の某有名人については『信者』と言えるほどのファンです。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。