脆弱の紅瑪瑙(ぜいじゃくのあかめのう) その3
私が大奥様の侍女を指さすと思いっきり怪訝な顔で
「はぁ~~~~っ?」
と言われ、呆れたように肩をすくめ
「私が盗むとしたら三人が帰った後で大奥様に見つからないように、かつ使用人の誰もが疑わしい状況の中で盗みます。自分が三人の次に疑われるようなこんな状況で盗むわけないでしょ!」
と普段から考え抜いているのかと思うほど的確な答えを出された。
えぇ~~~?!と怯んだがよしっ!それならこれだっ!と意気込み
「では、犯人は青磁屋です!なぜなら・・」
「古い火鉢の灰を別の壺に移して調べたが中には何もなかったぞ。」
私はギョッとして
「いっ!いつの間に調べたんですか?!」
「さっきお前が用足しに行ってる最中にな。」
と若殿がニヤニヤしながら私をいたぶる。
じゃあもうこれしかないっ!と
「お、大奥様が袖に隠したんだ!じゃなければ誰かが飲み込んで今頃腹の中だ!腹を切って開かないとわからないぞぉ!この~~ずる賢い犯人めぇ!白状しろっ」
と自暴自棄になって頭を掻きむしりながら滅茶苦茶を叫んだ。
・・・だって思いっきりカッコつけたのに間違ってるって恥ずかしすぎる!
若殿がおもむろに
「じゃあ私の番だな。母上、今日は蜂蜜を何匙食べましたか?」
大奥様は思い出すように上を見て
「確か、私と殿の分が五匙分ずつと、侍女に二匙分を器にとっていただいただけでまだ食べていないわ。」
若殿はニヤリとして
「では壺には蜂蜜がなみなみと上まで入ってるわけはありませんね?」
と家蜂屋を見た。
はぁ~~~?まさか瑪瑙を十三個も蜂蜜の中に入れたとでも?それが見た目で気づかないとでもぉ~~!と不満タラタラだったが、家蜂屋の顔を見るとブルブル震えて青ざめている。
「ねぇもう一度見せてくださいよぉ!本当に蜂蜜の中に石を隠したんですか?」
と肘でつつくと家蜂屋はキッと怒った表情で若殿に向き直り
「いいでしょう。見せて上げますが、中を調べるとなると一壺全部買い取ってもらわないといけませんよっ!こっちは売り物ですから、いじくられて悪くなっちゃいけないんでねぇ。」
と一気に吐き捨てた。
家蜂屋が蓋を開けて見せてくれたがやっぱり
「蜂蜜が入ってるようにしか見えませんよ~~~本当にこの中に瑪瑙が入ってるんですかぁ?一壺買い取るんですか?それは何だかよさそうな話ですけどっ!あっそーだ!ぜひそうしましょう!ねぇっ!」
と買い取れば蜂蜜のおこぼれが回ってきそうな予感にテンションが上がった。
若殿が眉一つ動かさず
「光の通り具合(屈折率)が同じものを中に入れると外から見ても区別がつかなくなるんだ。偶然だろうが、蜂蜜と半透明の瑪瑙の光の通り具合(屈折率)が同じだったんだろう。」
家蜂屋をギロっと睨んで
「素直に認めて瑪瑙を返せば弾正台には黙っておきましょう。蜂蜜を私が買い取ってあなたが泥棒だと判明すれば弾正台に突き出しますが本当にいいですか?」
家蜂屋はガクッと頭を垂れ
「申し訳ありませんでした!」
と土下座した。
若殿が家蜂屋になぜ瑪瑙を盗んだのかを尋ねると
「実は養蜂の技術を購入すれば誰でも稼げるというので借金をしてまで養蜂の技術を習得したのはいいんですが、それが法外な値段なのでとても蜂蜜売りだけでは返せないと思いまして・・・」
とボソボソと言った。
若殿が上奏して悪徳養蜂技術販売業者を取り締まると約束していた。
長い柄の匙で粘々した蜂蜜の中から十三個の瑪瑙を取り出すと、皿にのせた瑪瑙に琥珀色の甘~~い匂いの蜂蜜がべっとりとまとわりついて、ど~~~~~みても美味しそうなので思わず
「もったいないので、瑪瑙についた蜂蜜を私が舐めますね!あとで水で洗えばいいでしょう?」
十三個も舐めればお腹がいっぱいになるなぁ~~!と人生最高の幸せに浸りながら一つを摘まんで口に入れレロレロと舐め続けていると、若殿も一つつまんで口に入れたので『私の分が減るじゃないか!』とムッとした私は石をコロコロしながら
「・・もぅ!卑しいですねぇ!カラッ、天下の関白殿の太郎君が石についた蜂蜜を舐めとるなんて!コロッ、親が聞いたら悲しみますよぉ~~モゴッ」
と毒づきながら大奥様の顔を見ると大奥様も何だか羨ましそうにみてる。
そうやって『甘いなぁ~~~幸せだなぁ~~~出来ればずっとこのままでいたいなぁ~~』と思いながらレロレロコロコロをしばらくしていると、ハッと気づいたらいつの間にか瑪瑙が口の中から消えてしまっていた。
「えぇ~~~っ!!!!」
と今度は人生最大の驚きの叫び声をあげ若殿に縋りつき
「ど、どうしたらいいんでしょう!い、石を食べてしまいました!飲み込んだんでしょうか?あんな大きいものを知らないうちに!?私の口はどうなってるんでしょうか!私は大丈夫でしょうかっ?病気になるでしょうか!」
と青ざめながら不安でいっぱいになり喉やお腹を触ってみたが硬い石の感触はない。
(その4へつづく)