脆弱の紅瑪瑙(ぜいじゃくのあかめのう) その2
まず宝石売りの七宝屋の風呂敷包みを解かせると、一面が一尺(30cm)四方で高さが一尺半(45cm)ほどの引き出しがついた漆塗りの箱が出てきた。引き出しを一つずつ開けると、巾着に入った宝石がでてきて、それぞれ光沢のある漆黒だったり、濃い緑青色だったり、透明でうっすらと青色だったり、緑色で白い縞模様があったり、透明紫色で濃淡があったり、さまざまな綺麗な石が数も大きさも様々に入れてあった。
もちろん大奥様の購入した半透明の赤土色の平たい丸い石はどこにもなかった。
次に蜂蜜売りの家蜂屋の風呂敷包みには高さ七寸(21cm)、口の直径が四寸(12cm)ぐらいの蓋のついた壺が四角い箱に入っていた。
家蜂屋が箱から壺を取り出し蓋をとって中身を見せてくれると中には蜂蜜が溢れるくらいいっぱいに入っていてその琥珀色の半透明の輝きをみて、昔ほんの少しだけ若殿に味見させてもらった時の甘さを思い出し、思わず涎が出そうになった。蜂蜜は薬として匙一杯いくらで売られているので、私のような身分では容易く口にできないものだが、若殿が風邪をひいて寝込んでいた時、毒見をするという名目で若殿のぶんを二匙ぐらい?舐めた覚えがあった。
私の涎が中に入るのを警戒してか家蜂屋は素早く蓋を閉め
「もういいでしょう?何もなかったですよね?箱の中もちゃんと調べてくださいよ!疑われたくないですから。」
と若殿が箱を隅々まで触って調べてるのを見て言い放った。
二重底になってるかどうかを調べてるのかな?
最後に器売りの青磁屋の一尺半(45cm)四方で高さが二尺(60cm)ぐらいの箱の中には灰がはいったままの陶器でできた火鉢が入っていて私は『?』で頭がいっぱいになったが、若殿が大奥様に向かって
「新しい火鉢を購入して、古いものを引き取ってもらったんですね?」
大奥様が頷くと若殿は
「瑪瑙が紛失したときに見ていた器とはどれですか?」
青磁屋が別の箱をとりだし中に入った皿や湯飲み碗を見せた。
それらは緑色で艶のある緑釉陶器でムラのような緑の濃淡が、煙や霧や炎の揺らめきのような偶然にまかせた模様を描いていて、ずっと見ていて飽きない味わいを出していた。
若殿は主に陶器じゃなく箱の底を調べたり、風呂敷自体が二重になってないかを調べていたが、どこにも一つの瑪瑙もはいってなかった。
さて、一通り調べて見つからないということは、『・・・フフフフッ!私の知恵を絞る時間だ!』と不敵に笑いつつ『思いついたことを一つずつ検証すればいつか必ず正しい答えにたどり着くはずっ!真実はいつもひと・・』
「ではまず母上に聞きたいのですが・・・」
と若殿が割り込むので私はあわてて飛びついて口を両手で塞ぎ
「あぁ~~っ!ちょっと待ってくださいっ!私の推理を聞いてくださいっ!」
とゴリ押した。
若殿がキョトンとして私を見てどうぞという風に手の平を上に向けて差し出した。
ゴホンと咳払いして
「えぇ~~私にいくつかの考えがあります。一つずつ試してみれば答えはおのずと明らかになるでしょう。」
と目を伏せながら人さし指をたて、もう片方の手は腰の後ろで軽く握り、『名探偵ポーズ』を決めた。
・・・全員が白けた目で口元に冷ややかな薄笑いを浮かべているのを無視して
「まず一つ目の推理では、犯人は・・・七宝屋です!」
とビシッと七宝屋を指さすとビクッとしたが
「なぜ私が?これからも関白家と懇意にしていただきたいのに、お売りしたものを盗んで信用を落とせば大損です。」
と冷静に答えた。
「あなたはさっきの宝石の中に盗んだ瑪瑙を上手く隠しましたね?」
若殿が眉を上げ
「どうやって?我々が見た中には赤土色の半透明の石は一つもなかったぞ!」
助手がいいタイミングで合いの手をいれてくれるのはまことに気持ちいいものだ!フムフムと浸りながら
「さっき見た石の中に漆黒のものがありましたね?七宝屋は用意してきた粘り気のある墨を塗りつけ瑪瑙を漆黒の石として隠したのです!」
と七宝屋をもう一度指さしビシッと決めた。
のに・・・
「ほら見てみろっ!墨が指に全然つかないぞ!墨なら剥げて指につくはずだろ?乾いたとしても。」
「ですよね。何を言ってるんですか彼は。これは正真正銘の黒玉髄ですよ。」
と若殿と七宝屋が巾着から黒い石を取り出し、触り倒しこねくり回しながら言った。
何ぃ?ち、違ったのかじゃあ!と切り返し
「ええと、瑪瑙は十三個もあるのだから全てを一カ所に置くと目立つしそうする必要はない。つまりバラバラにすれば隠し場所も見つけにくい。ということは・・・誰かが盗んで、後日回収するつもりで庭にバラバラに放り投げたのです!となると犯人は、後日この屋敷の庭で瑪瑙を回収できる人物・・・それはズバリ侍女だ!」
(その3へつづく)