脆弱の紅瑪瑙(ぜいじゃくのあかめのう) その1
【あらすじ:時平様の買い物好きの母君は高価な石を購入したのにすぐに紛失してしまった。売主を含め三人の商人はそのチャンスがあったが一体誰が盗んだの?めずらしく色々思いついた私は名探偵バリにしゃしゃり出るが結果は如何に?時平様は今日も憂鬱に父の背中を見て育つ。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回はサトウキビって昔は手に入らなかったんですねぇというお話(?)。
ある日、いつものように私と若殿が出かけようとすると、大奥様の侍女が駆け寄ってきて
「今すぐ太郎様にお越しになっていただくようにと大奥様が仰っています。」
と言うので我々は東の対の屋に向かった。
御簾を押して中に入ると、大奥様と対面して座る三人の男がいた。
それぞれの男のそばには四角い箱を包んだ風呂敷包みがありその大きさは様々だったが、どれも中には貴重なものが入ってそうなシッカリと丈夫な布地だった。
大奥様は若殿の顔を見てホッとした表情を浮かべ
「ああ!太郎来てくれたのね!よかったわ!ええと、紹介するわね、右から蜂蜜売りの家蜂屋、宝石売りの七宝屋、器売りの青磁屋よ。」
というとそれぞれの男が若殿にペコリと頭を下げた。
家蜂屋は痩せて日焼けし、皺の多い顔をした五十ぐらいの男性で萎烏帽子に筒袖、括袴と庶民の恰好だが、青磁屋は水干に組みひもの菊綴(衣服の縫い目のほころびを防ぐ為のもので、生糸を束ねて開げるとその形が菊のように見える)、七宝屋は水干の袖と胸に真珠と枝であしらった附けものと呼ばれる飾りをつけたりして身だしなみに気を配っていた。
特に七宝屋の『枝に真珠の花が咲いたような飾り』は高級感まる出しで、どこかに当たってこすれた拍子に真珠を落とせばいいのに・・・と思った。拾って売れば干し柿がいくらでも買えるなぁ・・・ジュルっ!
七宝屋はまん丸い皺も伸び切った顔のムチムチと太った五十ぐらいの男性で顔は脂のせいかツルッとしていたし、青磁屋は口ひげまで白髪の混じった穏やかそうな六十ぐらいの男性で、どちらも『お腹が減る前に次の食事をしてそうな』人たち。
大奥様が困ったという口調で
「実はね、さっき殿の石帯(正装である束帯に締める帯)の丸鞆(丸い石飾り)にしようと思って七宝屋から瑪瑙を十三個ほど買うお約束をしてね、それが入った巾着を私の右横に置いて、青磁屋に器を見せてもらっている間にね、中身の瑪瑙が全て無くなってしまったの!」
と空になった巾着を若殿に渡しオロオロと目を見る。
「母上が器を見ている間、誰も巾着のそばには近寄らなかったんですね?」
大奥様は『もちろん!』と何度も頷き
「器をあれこれ見せてもらって夢中になってたとはいえ、すぐそばに人が近づけば気づくし、この三人もそばに控えていた侍女もこの部屋に入ってきた人はいないと言ってるし・・・」
と商人三人を横目でチラリと見つめながらつぶやく。
『な~~んだ!簡単じゃないか!』と思って私は大奥様に声をひそめて
「じゃあ、この三人の中に瑪瑙をくすねた犯人がいるんですね?」
大奥様はウンと頷き
「でも証拠もなく疑えないし、まだ支払っていないとはいえ七宝屋は代金を請求しそうな雰囲気だし、あなたに見つけてもらえれば丸く収まると思ったのよ。」
とため息をついた。
若殿はコクリと頷き三人に向かって
「瑪瑙が紛失したことはご存じですね?失礼ですが、身体を調べさせてもらっても構いませんか?」
三人は困惑した顔をしていたが若殿は七宝屋に向かって
「あなたから購入した瑪瑙とはどのようなものでしたか?」
「直径三寸(9cm)の丸い平たい、赤土色で半透明な綺麗な石でした。あれだけ透明度が高いものは珍しく貴重なものですので是非関白様に使用していただきたく思いましてお持ちしましたのに残念です。」
と眉をひそめて悲しそうに言う。
若殿は
「もちろん支払いは・・・・」
七宝屋は信じられないという風に首を横に振りながら
「いいえ!そのような!支払いはいつでも結構でございます。関白様という不動の確固たる信用が世間におありになるお方にいつまでに支払えなどと要求は一切致しません!手前どもはいつまでもお待ちいたしておりますので、奥方様にはご安心くださいますよう!」
要するにいつになってもいいから支払うものは支払えということね。
「紛失はこっちの責任にするつもりですね」
と大奥様に囁くと、大奥様は苛立った表情で頷いた。
若殿は
「よしっ!ではまず失礼して、身体を触ることをお許し願って、調べさせてもらおう」
と早速一人ずつ身体検査を始めた。
三人とも迷惑そうな表情だが商いに障らぬようにか不満を口には出さずにされるがままにしていた。
水干の胸(直垂)、袖、袴の裾、烏帽子、襪を履いてる七宝屋はその中も確認し、私もパタパタと両手で触って身体検査を手伝ったがそれらしいものはなかった。
「では次は持ち物を調べさせてもらおう」
と若殿が言い、三人の持ち物を調べることになった。
(その2へつづく)