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大水の神亀(おおみずのじんき) その4

「そもそも大和(やまと)国は周囲を山に囲まれた盆地でできており、大和(やまと)川一本に、佐保川、寺川、飛鳥川、大和(やまと)川、曽我川が流れ込んでいる。その支流の川の周囲に古代の宮殿が造られて(まつりごと)()られたことは竹丸が言ったとおりだ。支流が集まった大和(やまと)川は西の河内(かわち)国に面した生駒山脈の途切れた一カ所から河内(かわち)国に流れ込んでいることは知っているだろう?そこを使って船で人や荷を運んだから。」

と言われれば『なかなか閉鎖的な地域だな、大和(やまと)国って。行こうと思えば大和川をさかのぼるか、山を越えるかしかないのか。京からは木津川沿いにいけば大和(やまと)国の北に通じるよな?』と考えながら『分かった聞いてますよ~』という証拠にウンと頷いた。

若殿(わかとの)は続けて

明日香(あすか)に遷都する以前は『魏志倭人伝』で倭国と呼ばれた時代だがその時代(仁徳天皇など)は河内(かわち)王朝ともわれ、都は河内(かわち)国にあった。つまり大和(やまと)川の下流だ。ここからが仮説だが・・・」

私はゴクリとつばを飲み込み集中して見つめていると若殿(わかとの)は気配を察して得意げにわざとゆっくりと

河内(かわち)王朝時代、大王(おおきみ)はもしかして河内(かわち)国から大和(やまと)国に行きたくても行けなかったんじゃないか?あの(ナマズ)と蛇の伝説の通り大和(やまと)盆地に水が張っていたとしたら。あの猿石を彫ったのは百済(くだら)工人ではなく新羅(しらぎ)工人でゆかりの民族が何らかの方法で大和(やまと)盆地から水を抜き、居住可能な土地にして移り住んだ。そしてあの猿石を残した。水が退()いて泥がたまった土地は肥沃(ひよく)で農作物がよく収穫()れただろう。すると河内(かわち)王朝の人々はその土地をうらやみ侵攻し奪い自分たちの王宮を明日香(あすか)に作り都にし、民から税を取り立てた。その後、飛鳥王朝時代、金春秋王子が人質として連れてこられ、時の孝徳天皇に新羅(しらぎ)への助力を頼んだが百済(くだら)との関係を強化していた天皇が助力を断ると、金春秋王子はその仕返しとばかりに再び大和(やまと)国を湖水化しようとした。と考えれば飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)が水浸しになる前に飛鳥王朝はできるだけ迅速に、素早く、難波長柄豊碕宮なにわのながらのとよさきのみやへ遷都せざるを得なかった。」

私は『?』でいっぱいになり

「亀石はどこにでてくるんですか?」

「蛇が合体した亀である玄武は中国では水をつかさどる神様だ。大和盆地の先住民族つまり新羅系渡来人が水を操作したい場所に置いたんじゃないかな?例えば明日香(あすか)の川原は飛鳥川に近く、飛鳥川を堰き止めれば明日香(あすか)板蓋宮(いたぶきのみや)や、ずばり飛鳥川原宮(あすかのかわらのみや)への水の供給は絶つことができる。」

「う~~ん、さっきから大和(やまと)盆地から水を抜くとか湖水化するとか簡単に言いますけどそんなことが古代の技術で可能なんですか?どうやってするんですか?」

若殿(わかとの)はニヤリとして

「それは河内(かわち)国と大和(やまと)国の境で生駒山地が途切れた場所、大和(やまと)川が流れ込む場所一点を堰き止めるしかないだろう。そこは『地滑り地区(*作者注:亀の瀬地すべりは、推定移動土塊量約1,500万㎥に及ぶ大規模な地すべり土塊を有しており、降雨等で地下水位が上昇すると斜面が不安定となり地すべり発生の危険性が高まる。)』と言われて古来より地滑りが多発したらしい。そこで地滑りが起こり大和(やまと)川を堰き止めれば大和(やまと)盆地が水に浸る。その地滑りが人為的に起こされていたとしたらそれを利用して飛鳥王朝を脅すことも可能だろう?技術的に進んでいた新羅(しらぎ)なら。」

私は『えぇっ!』と驚いて

「金春秋王子が助力を得られなかった腹いせに地滑りをおこして大和(やまと)川を堰き止めて帰国したんですか?だから孝徳天皇はあわてて難波へ遷都したんですか?」

「その後、白雉4年(653年)にはすぐに中大兄皇子と母の皇祖母尊(すめみおやのみこと)(皇極・斉明天皇)は飛鳥河辺行宮へ戻っているから、地滑りを防いだか、修復したんだろう。昔ほどの技術の差はその頃にはなくなっていたのかもしれない。」

はぁ~~~~!なるほどぉ~~!と感心したが地滑りでなくても、大和(やまと)川を堰き止めれば大和(やまと)盆地を水浸しにできるのかぁ。大雨を降らせるより簡単に地滑りを起こす技術があればいいのかぁ。実際にできるのかな?と思ったが

「へぇ~~~。で、その仮説を確かめるためにはどうするんですか?」

「私の仮説では都が被害(ダメージ)を受ける治水の要所に亀石があるはずだからその地滑りの場所に亀石があるかどうかを誰かに確かめてほしいんだ。」

そうか!じゃあそれが判明すれば『亀石は治水の要所に置かれる』説の信憑性(しんぴょうせい)は増しそうだな!と思ったけど、新羅(しらぎ)系渡来人が大和(やまと)国に先住していて亀石を置いたかもしれないけど、日本の王朝が同様に治水の目印に置いたとも考えられるよね?と思ったり。

それに春秋王子が来日したときにたまたま地滑りが起きて大和(やまと)国に洪水が起きたかもしれない。

何しろ仮説だからねぇ。

その時洪水が起きたという記録がない限り事実はわからない。

でも今までの『その横で踊るため』とか、『土着の神を祀った』とか、『水が干上がって死んだ亀の供養』とかよりは意味も実用性もある説明だなぁと思った。

一応そのすべてに関係ある説明だし。

そもそもは大和(やまと)盆地が湖水で、治水の要所に水の神として(まつ)り、金春秋王子がきっかけになって洪水が起き、飛鳥王朝が難波に遷都したとすれば全部を包括した説?で筋が通ってる気がする。

春秋王子に洪水を起こされたときの当時の人々の混乱(パニック)を想像しながら

「昔の人は洪水が起きたとき、なすすべもなく亀石に祈ったりしたんですかねぇ?」

というと、若殿(わかとの)が難しい顔で

「祈るよりもそれがある意味を考え、原因を探り解決を見つけ出せたらもっと安心できるかもしれないのにな。」

と言った。


*後世ではその地滑り地区は『亀の瀬地滑り地区』と呼ばれ、そこには確かに奇岩・亀石と呼ばれる岩がある。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

大和(やまと)盆地が排水を大和(やまと)川一本に頼ってたなんて!とビックリしました。

大和(やまと)川がふさがったらすぐ水浸しやんけ~~~!』と。

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。


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