大水の神亀(おおみずのじんき) その1
【あらすじ:大和国明日香村にある不格好な亀の石像は不思議な伝承があり、不吉な予言の目印とされるが、本当のことはわからない。その亀石が動いて水害が起こった日には、大和に都を落ち落ちおいていられない?時平様は今日も最適な仮説を見つけ出す。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は身近な謎にも興味を持って調べると意外と実用的発見があるかも?というお話(?)。
ある日、『大和の薬売り』が大奥様を訪ねて大和で採れた薬草を売りに来た。
大奥様は身支度している間、若殿に相手をするよう命じたので若殿が薬売りと世間話をしているのを私もそばで見ていた。
若殿が
「木通(アケビ)と貝母(アミガサユリ)とカミツレ(キクの仲間)と牡丹皮(牡丹の木の皮)と忍冬(スイカズラ)の消炎作用の違いは何だ?」
とか
「薬草には沢瀉(サジオモダカ)など利尿作用があるものが多いが、毒を体内から素早く排出するためか?毒に作用して無毒化しているわけではないという事か?」
とか聞くので薬売りは眉を八の字にして
「私は薬師ではございませんので、詳しいことは薬師にお聞きになってください。」
と辟易しているのであまり会話は弾んでなかった。
薬売りが話題を変えるためか『ハッ』と何かを思いつき
「若君、そういえば、大和国の明日香村の川原にある不思議な亀の形をした石をご覧になったことがありますか?」
若殿はキョトンとして
「いいや。ないがそれに何か変わったことがあるのか?ただの石の彫刻ではなく?」
薬売りは『しめた!食いついた!』と笑顔になり
「ええ。そうです。明日香村というのはね、古代の都があった場所なんですがね、周囲がぐるりと広~~い野原に囲まれていてね、畑や田んぼや小さい丘もあるんですが、平らな草原のその先は山々が連なりどこを見渡しても周囲を山で囲まれているので、世界はここで閉じて完結しているような気がするもんです。自分がまるで神様のような大きな存在が飼う水瓶の中の亀のような気分になる場所です。何かに守られているような落ち着く気分にもなり、世界の果てが遠いような近いような閉塞感もあるんです。不思議な場所です。そこにそれは長さ二間(3.6m)、幅一間一尺(2.1m)、高さ一間(1.8m)の巨大な花崗岩に亀に似た彫刻が彫られているものなんですが、不思議な事に誰がいつ何のために作ってそこに置いたのかがまったく謎なんです。」
そんな大きなものを置いて何のためかもわからないなんてジャマで仕方がないのでは?
私は思いついたので
「裕福な人が観賞用に作ったのでは?」
薬売りは首を横に振りニヤりとして
「いやいや、ふふふ、教えてやろう!その石には面白い伝承があってね、『大和盆地一帯が湖であった頃、川原の鯰と対岸の当麻の蛇の間で争いがあり、後者が勝った結果、湖水を全て取られて干上がり、棲んでいた亀はみんな死んでしまった。これを哀れに思った村人たちは、亀石を造って供養をしたという。』というんだ。」
う~~ん、ツッコミどころ満載の伝承だな。
まず『大和盆地一帯が湖であったころ』ってじゃあ村人は水中にすんでたの?山の中かな?じゃあそれはいいとして、湖があったというけどそれはどういう根拠で?そして、『川原の鯰と当麻(金剛山地の東麓、二上山のふもとの地域)の蛇が争って』って蛇と鯰がどういう理由で?どういう方法で争うの?陸で?水中で?口喧嘩?相撲?で、勝った蛇が『湖水を全て取る』って何のために?蛇が何に使うの?単なる嫌がらせ?でもっと不思議なのは・・・とつい口に出して
「亀は陸を歩けるけど、水でしか生きられない魚や貝の方がかわいそうですよね?なぜ亀だけが供養されるんですか?」
薬売りは一瞬固まり、またゲンナリと辟易した表情で投げやりな口調で
「あ~~そうねぇ~~亀が好きだったんじゃないですかぁ魚や貝は嫌いで。まったく、知りませんよぉそんなこと私に聞かれてもぉ。」
・・・これでもほとんどの疑問は割愛して質問したのに!とちょっと不満。
若殿が薬売りの機嫌を損ねたのを詫びるように愛想笑いを浮かべ
「亀石・・・それなら聞いたことがある。確か、『亀石は最初は北を向いていたが、次に東を向いたという。そして、現在は南西を向いているが、当麻の方角にあたる西を向いた時、大和国一円は泥の海と化す』という伝説もあったな?」
そんなに大きな石が動くとか、動いたら大災害が起こるなんて不吉な言い伝えだけど、確かに大きな石が動くとしたら大地震が起こったときぐらいだからそのあと火事とか地割れとかの大災害がおこっても不思議じゃない。まぁそもそも伝説なんて根拠があるのかないのかわからないし、鯰vs蛇が戦うのなんて酔狂だよね。鯰が暴れると大地震が起こるなんて言い伝えもあったっけ?それとつながるのかな?と興味津々。でも亀石の大きさを思い出して石の彫刻でそんなに大きいのも見たことがなかったので
「そんなに大きい亀の石像なんて一度見てみたいですね~~!見れば何か霊的な力がもらえるかも!リアルな亀の石像ならフツーに凄いっ!て感動するし!」
薬売りが苦笑いで
「いやぁそれはないでしょう。顔もカエルみたいでね、でもまぁ顔はかろうじて手がかかってるんで割と見ものなんですが、なんせ顔以外は全部切り出したばかりの石そのもので、甲羅と足がまったく彫刻されておらず精巧な作りじゃありませんから、期待外れだと思いますよ。途中で作るのやめたんじゃないかなと思わせるぐらいです。」
とガッカリ報告。
ガッカリ石像のくせに案外、噂になってるということはそれもまた霊験があるってこと?
(その2へつづく)