神域の疫病石(しんいきのえやみいし) その3
若殿が扇を鼻に押し当て黙り込み、しばらく考えてからフッと笑い
「ではひとつずつ解決していきましょう。」
と謎解きが始まった。
「まず直会の団子で起こった神罰についてですが、その団子が作られたのは当日の朝ではないでしょう?団子に異変はなかったですか?糸を引いているというような。」
伴只行は驚いた顔で頷き
「はい!確かに!食べたとき中身が糸を引いていました!当日に作ったかどうかですが、はっきりとはわかりませんが、その神事は確か雨で一度延期になっているのです。本当はその五日前に行われる予定でした。団子がその時から用意されていたということですか?」
若殿はウンと頷き
「火を通しても死なない形の細菌(セレウス菌の芽胞)が、作り置かれた団子内部で(発芽)増殖し、嘔吐・下痢を引き起こす毒を出したのです。」
私はハッと思いついて
「食べる直前にもう一度茹でるとか焼くとか加熱し直せば細菌は死ぬんでしょう?」
若殿は渋い顔で首を横に振り
「増殖した細菌(セレウス菌)は死んでも毒素は熱で壊れず病気を引き起こすものもある。作った後なるべく早く食べるに越したことはない。とくに団子のような米や麦でできた食い物は。」
何ぃ~~~っ!!やっちまっ・・・ってお弁当はヤバいってこと?おにぎりとか?もし細菌が増えてたら食い物を捨てろということ?腹痛ぐらいで食い物を捨てるという選択肢は私には未来永劫存在しないっ!と鼻息を荒くした。
若殿は蔑んだ白い目でチラッと私を見て
「食った以上の量を下痢や嘔吐で出してしまえば元も子もないぞ。あと塩や酢を効かせば防腐効果があるのでおにぎりをしょっぱくするとかすっぱくするとか方法はある。」
と心を読んだように言い放った。チッ!味が落ちるなぁ。
「では次は巫女が弓なりになって痙攣死した件ですが、もう一人の巫女は無事だったんですね?同じように弓は持っていましたか?」
伴只行は神妙に『ウンウン』と頷くと若殿はアッサリと
「では弓を採物としたことへの神罰ではないでしょう。」
伴只行は『悔やんでも悔やみきれない』というような悲痛な顔で
「じゃ、じゃあ彼女は私のせいで・・・その、私と関係を持ち、乙女ではなくなったから神罰がくだったのですか?!」
若殿は肩をすくめ
「銭で自分から交渉するぐらいなら以前からやってたことでしょう。今更罰が当たるでしょうか?それにもう一人の巫女が乙女だとも言い切れないでしょう?確かめたんですか?」
伴只行は自分のせいではないかもしれないと少し元気が出たようで
「そうですね・・・。では、他にどんな原因があるんですか?」
「もしかして死亡した巫女は裸足で巫女舞をしたんじゃないですか?そして足の裏に傷があったのでは?そこから菌(破傷風菌)が入り増殖し痙攣を引き起こす毒が体内で増え、背中の筋肉が収縮して、背中と首と脚が後方に反り弓なりになり、最後は呼吸の筋肉が痙攣し呼吸困難になり死に至ったんです。」
伴只行はこれも驚いて頷き
「はい。裸足で舞っていましたし、彼女は巫女舞の練習で石を踏み怪我をしたと言い、見ると傷になっていました。共寝したときにその話を聞きました。」
と思い出したのか悲しそうな目をした。
若殿も同情した表情で
「せめて舞のときに襪(靴下)を履いていれば助かったかもしれませんね。」
と小さくつぶやいた。
そんなちょっとしたことで死んでしまうなんて人間って脆くて儚いなぁと無常感に浸った。
蝶が羽化に失敗して羽が伸び切らずに乾いただけで羽が役に立たず、地面でぐるぐる歩き回ることしかできず大空を飛ぶ自由を失うように、ほんの少しの手落ちが命にかかわるのかと虚しくなった。
「団子内で増えた細菌(セレウス菌)も巫女の体内で増えた細菌(破傷風菌)もどちらも土にありふれて存在するものです。自衛するしかありません。」
と若殿がしんみりと言った。
最後に残ったのは伴只行が女性と関係を持つと唇が痛痒くなる件だが、これは色狂いを戒めるためのかる~~い神罰?純潔を奪い弓なりになって死んだ巫女の怨霊?祟り?恨み?と疑問で頭をいっぱいにして説明を待った。
(その4へつづく)