神域の疫病石(しんいきのえやみいし) その1
【あらすじ:白い丸石が敷き詰められた神域が山中で発見され、奉納の巫女舞が納められたが、その巫女は九日後に痙攣死してしまった。その神事の見物客に相次ぐ体調不良は神罰のせい?それとも美形の従者のせい?時平様はありふれた土に潜む謎と答えを掘り起こす。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は神域といえど土や池には危険がいっぱいですね!というお話(?)。
ある日、伴只行という二十代半ばの貴族が若殿を訪ねてやってきた。
伴只行が連れている従者・鬼美丸は私より五、六歳ぐらい年上と見える水際立った美人で、キレあがった目じりや長い睫毛、細い鼻筋の高い鼻、薄すぎず厚すぎない唇が『ここしかない!』という位置に完璧な角度で配置されている。
強弱自由自在の達人の繊細な筆致で描かれた理想の絵姿が現実世界に飛び出したような美青年だった。
キッチリと後ろで束ねた髪から頬にこぼれたおくれ毛が目じりにかかり揺れる度に艶っぽい視線を強調するので目が合うだけでドキドキした。
対する主の伴只行はこういっちゃなんだがどこにでもいそうな四角い顔の眉と髭の濃い、もみあげが特徴のどちらかと言えばむさくるしい、鬼美丸には似つかわしくない雑な造作の人だった。
一目見たあと、目をつむってどんな風貌か?を思い出そうとしても『たしかもみあげと髭があったなぁ~あの人には』というぐらいすぐ忘れ去りそうな人。
この不釣り合いな主従二人が若殿を待って東の対にいるのだが、普通従者は侍所で主を待つものなのに鬼美丸は伴只行に付き従い出居で主の後ろに伺候している。
若殿を連れてくると髭の合間からのぞく口元に白い歯を見せた伴只行が
「頭中将殿!お久しぶりでございますな!」
若殿が愛想笑いを浮かべ
「これは伴只行殿。長らくお目にかかりませんで。お元気でしたか?」
と一通りの挨拶を交わす。
コミュ力は高くなくても当たり障りのない会話の在庫は持っている若殿はその後も何気ない世間話を続けていると伴只行が突然
「実は、ご相談がありまして。聞いていただけますか?」
と真剣な顔で切り込む。
若殿は少し警戒する顔つきになったが口元は笑顔で
「はい。私でよければ。」
伴只行はグッと体を近づけ
「私が霊的な信仰心に篤いことはご存じかと思いますが、つい先日ある神域で儀式が行われましてそれを見物に出かけたんですがね、そこで不思議なことが相次いで起こったのです。」
若殿よりも後ろに控えていた私の方が
「えぇっ!!何ですかっその儀式って?神域ってどこですか?不思議な事って何っ?!」
とテンションが上がり思わず声に出してしまった。
若殿が後ろを振り返り『こらっ!』という目でにらむと伴只行に向き直り
「順を追って話してください。」
伴只行は上を見て考え込み少し間を取って
「ええと、まずxx山で丸石の神域と呼ばれる神秘的な場所が見つかったんです。」
私が目をキラキラさせ
「どんな?なぜそう呼ばれるんですか?」
伴只行は私にも微笑みかけ(いい人だ!むさくるしいなんて言ってゴメンナサイ!)
「山中の道から逸れた木々の間に、直径一間(1.81m)ほどの円の内部に直径一、二寸(3~6cm)ぐらいの白い丸い小石が敷き詰められている場所があるのを偶然山に入った猟師が見つけたんです。その神秘的な様子から古代の祭祀に使われたんじゃないかとされ、一番近隣の神社の神職がその丸石の神域で巫女舞を舞わせ、お供えをして神に奉納することにしたんです。」
若殿が無表情に
「それを見物に行かれたんですね?」
伴只行は思い出しても恐ろしいといった素振りで頷きながら
「はい。そこで舞を奉納した二人の巫女のうちの一人が九日後に高熱と痙攣に侵され、な、何と死んでしまったのです!巫女舞で採物としては風変りな弓を持って舞ったせいか、ふ、不思議なことに体を後ろに反らし弓なりになって死んだらしいので、神の怒りに触れたんじゃないかともっぱらの噂でして・・・。」
と冷や汗の粒を額に浮かべながら深刻に話す。
私が思わず
「鬼を祓うために使う弓を神の依り代に使ったから神様が怒ったんですね?」
と持論を展開。
若殿が少し眉を上げ
「その他の不思議な事は?」
伴只行はこれも震えながら
「ええと、その神域にはお供えとして団子を三方のうえに積んでいたんですが、神事が終わり酒などの他の神饌とともにお下げし、直会(祭祀の最後に、神事に参加したもの一同で神酒をいただき神饌を食する行事(共飲共食儀礼))で団子を食べたものが一斉に腹痛・下痢と嘔吐に見舞われたのです。私も一時下痢と嘔吐に苦しみましたが、翌日には平気になりましたが食い意地が張っていたことを後悔しました。」
私は心底同情したが、死ぬほどの腹痛でなければ団子を腹いっぱい食ったことを私なら決して、何があっても、不退転の決意で、後悔などするものか!団子に対して失礼だ!・・・つい興奮してしまったようだ。
若殿はこれには興味がわかないらしく『ふうん』という顔で扇を顎にくっつけていた。
伴只行がその様子に焦って大きさを上げ、うわずった声で
「あっ!あのっ!実はここからが、私が本当に相談したいことでして・・・。」
と膝でそばににじり寄り耳に口を近づけて耳打ちでもするんじゃないか?というほど若殿に近づいて何か話そうとすると、今まで伴只行の後ろで黙って正座して控えていた鬼美丸がいきなりキッパリした声で
「殿、それは頭中将様にご相談申し上げるほどのことではありますまい。ご自身がご注意なさればよろしいのです。」
と主に対してとは思えない命令口調で言い放った。
『おや?』この主従の力関係はどうなってるの?この美青年の従者は主を操ってるの?どうやって?と興味がわいた。
(その2へつづく)