無道の呪物(むどうのじゅぶつ) その5
「あの和歌はつまりここ、長岡京のことを指していた。」
と若殿が言うと突然、正座したまま成子の首がガクッと折れたかと思うとあごが胸にくっつきそうなくらい俯き、う~~~っと低く唸った。
ボソボソと話し始めた成子の声はすでに男性の唸り声のようだった。
「・・・なぜだ?・・・なぜ私を裏切った?信じていたのに・・・・うっ~~~ぅっ・・・・お前、おまえは帝の側近だろう?お前なら真実を知っているな?なぜ帝は私を裏切ったのだぁ~~~~!ぅぁあ~~~~!」
とうなりながら顔を上げた成子は目が血走って吊り上がり、口はゆがんで顎が落ち、涎をダラダラと垂れ流しながら言葉にならない声を上げ続けた。
私は思わず立ち上がり後ずさったが、若殿は胡坐の上の姫を抱きすくめ成子には背中を向け
「帝は裏切っていない!お前を殺したのは大伴一族の貴族たちと東大寺の僧侶たちだ!」
と叫んだ。
成子は目をむき口から涎を流しながら
「違う~~~それは建前だぁ~~帝は私を利用し、東大寺勢力とそれに結び付いた貴族達を排除した後、用済みになった私を処分したのだ!この都で、私が造ったこの長岡の都で、邪魔になった私を暗殺したのだぁ~~~!私がそれに気づかないとでも思ったのかぁ~~!」
その異様な様子に怖気づいた私はジリジリと後ずさりながらも恐る恐る勇気を振り絞り
「あなたは誰ですか?何のことを言ってるんですか?」
と話しかけると、血走った目で成子にキッとにらみつけられ『ひぇ~~~~~~っ!』と背筋がゾクゾクした。
「私は造長岡宮使・藤原種継だぁ~~~!帝は皇太弟の早良親王を廃太子するために、私を利用したんだぁ~~~~!どう考えても私が暗殺されて一番得したのは帝だけだぁ。」
確かに、平城京の旧勢力である東大寺の僧侶とそれに結び付いた貴族の大伴一族から力を奪うために藤原種継を造長岡宮使にして長岡京に遷都し、今度は藤原種継の力を奪うために暗殺すれば、その罪を弟・早良親王のせいにして廃太子でき、自分の息子を皇太子にできるのですべてが桓武帝の望み通りになるし、実際そうなった。
桓武帝にとって以前から邪魔だった奈良寺院勢力、旧貴族勢力、弟・早良親王、をまとめて排除でき、今後権力を手にするだろう藤原種継という新勢力の芽を摘むこともできた、とここまでは完璧だった。
その直後、都で疫病や飢饉で死者がでたり妃が死んだり洪水が起きたりという連続した災難を早良親王の祟りと噂され、遷都が失敗したとか帝に徳がないせいだと言われ、たった十年で平安京に遷都せざるを得なくなったのは想定外だろうけど。
でもそれだけ不幸が続けばたとえ悪いことしてなくても罪悪感にかられ過去の自分の『何か』をムリヤリ反省しそう。
桓武帝の場合、身に覚えがた~~っぷりあったんじゃないの?と疑いたくなる。
アレ?若殿は成子に憑りついたのが藤原種継だと知ってた口ぶりだが。
それにしても一体、若殿はどうするつもり?と眺めていると、
「お前の暗殺はもう百年以上昔の話だろう?成子はお前の子孫か?恨みというがお前の子孫の中には帝に十分復讐を果たしたものがいるだろう?『薬子の乱』を知らないのか?平城帝をそそのかして嵯峨帝を脅かしたあの乱を?それで皇族を脅かしたんじゃないのか?もう復讐は十分だろう?いつまでつづけるんだ?」
成子はそれを聞くとまた首から上の力が抜けガクッと首を折ってうつむき大人しくなった。
私は四つ這いで恐る恐るジワジワと成子に近寄り、顔の前で手を振って意識があるかを確かめようとすると成子がピクっとしたので急いで手を引っ込めた。
成子はゆっくりと目をぱちぱちさせながら顔を上げ
「・・・私はどうしたんでしょう?何がありましたの?」
とキョトンとした。
う~~~ん。これはいわゆる憑依というヤツ?藤原種継の霊が成子に憑りついたの?で、説得されて出て行ったの?と半信半疑。
「どうして成子に憑りついたのが藤原種継の霊だとわかったんですか?世間的には帝に引き立てられ厚遇され恨みなど持つ理由がないのに。」
「成子が藤原何某という貴族の娘だと言っていたし、早良親王に子はいないからな。」
「藤原種継の霊が藁人形で帝を呪ったんですか?早良親王の名を騙って?」
若殿は少し考えこみ
「いや、成子が帝を恨む感情を持ち藁人形を作ったが、自分の存在は知られたくなかったから早良親王の名を使ったんだろう。」
私は混乱して
「でも霊になれば藤原種継はそんな事気にしないでしょう?自分の名を使えばいいのに。帝が自分を裏切ったと信じたくない気持ちもあったんですか?霊になっても?」
「それもあるだろうが、成子が霊に憑りつかれたこと自体が疑わしい。」
と若殿が言うので、驚いて
「えぇ?!嘘なんですか?なぜそんな手の込んだ嘘をつくんですか?」
(その6へつづく)