無道の呪物(むどうのじゅぶつ) その4
若殿は急いで馬を飛ばし内裏へ出かけたり図書寮へ向かったり藤原邸の書殿を調べたり忙しそうにしてたので私は藤原邸の侍所で大人しくしていた。
だって、菅原家の使用人頭や侍女からの文が届くかもしれないし、若殿についてまわったところで何を調べるのかの意味が分からなければお腹が無駄に減るだけだし。
私は『超合理的!』なだけで断じて怠惰から侍所でボンヤリ寝そべって文を待ってるわけじゃない!と言いたいが・・・。
その使用人頭の文がきたので若殿の対に届けると、若殿は自分が調べまわって書き写した菅原家の領地や荘園の場所と和歌を書いた文、藁人形の腹に入ってた紙片、成子の身元と最近の行動、とにらめっこして考え込んでいた。
菅原家の子息が一年前に視察した場所を記した文を渡すとそれにチラッと目を通し、一カ所を指さしニヤリと頷いて
「ここへ出かけるぞ!竹丸お前も馬でついてこいっ!」
と言うので私は慌てて自分用の馬に鞍をつけて準備した。
その間に内舎人たちには別の領地を見回るように指示していた。
慣れない馬に落ちないようにしがみつき、若殿の早駆けに必死でついていきながら色々考えてみた。
・『打ち捨てし 十年を人は 去り行けど 我が思う君は ただ一人なり』という和歌が残されていた。
・帝を呪う早良親王の藁人形が北の対の床下から見つかった。
・成子の身元は藤原何某という貴族の娘
・成子は菅原家の子息と領地を見て回った際に誰かに会い、様子が変わり男の声でブツブツと独り言をいうようになった。
・成子は宇多帝の別邸に一年前に雇われ宇多帝の姫と同時に失踪した。
今向かっている場所はこれの全てを説明する場所なの?若殿は全てわかって向かっているの?と疑問で頭がいっぱい。
おそらく成子がお伴した菅原家の領地のひとつであることは確か。
私の感覚では都を出たあと、桂川に沿って南下している。
段々川幅が広くなり、河川敷の草地の面積が広くなるのが分かった。
もうすぐ宇治川との合流地点だと思っていると西へ方向を変えしばらく馬を走らせていると、稲株が並ぶ田んぼが見渡す限り広々と続く中、大きな屋敷の屋根が見えてきた。
屋敷の門の前で馬をおり、木に馬をつなぎ門をくぐると、内部は枯草が茂り、柱には葛の蔓が這い登り枯れて、葉をすべて落として弱々しく寒々とした木々の下には落ち葉がつもり、一目で手入れされていない屋敷であるとわかった。
若殿はここへきて急に慎重になり、中門から屋敷内部の様子をうかがおうと顔だけ出してみるので私も真似してみていると、主殿から小さい人影が庭へ降りてきた。
その小さい人影は白い水干に白いくくり袴の全身白ずくめで尼そぎの黒い短い髪を揺らしながら両手を空に伸ばし何かを受け取ろうとしていた。
見上げるとちょうどその時、空から無数の白い破片が降ってくるのを見た。
不意に寒さに気づいたぐらい神経を張り詰めていた私は、吐く息が白く煙ることも、雪が次々と降ってくることにも不思議な違和感を覚えた。
突然夢の世界に入り込んだように、眼前に降り注ぐ雪の花片や両手を上げてクルクル回る白い人影が、化かされて見る狐火のように遠ざかり、天地の方向を見失ったような浮遊感に襲われた。
「まるで雪から生まれた雪の子みたいですね?寒くないんでしょうか?」
尼そぎの黒髪が回転に合わせてぱっと広がり、また閉じるを繰り返し、空に伸ばした両手は雪を全て受け止めようと開いては握るを繰り返す。
あまりにも軽やかに弾むように回り続けるので、その表情は微笑みを浮かべてるだろうと想像できた。
どれくらい見つめていたかわからないが、そばにいた若殿がサッと歩き出すので慌ててついていった。
両手を上げてクルクルと回り続けるその少女がこちらを向いた瞬間、まるでつぼみがほころぶように顔全体に喜びが広がり
「兄さま!来てくださったのっ!」
と言ったかと思うとこちらへ駆け寄り、若殿に抱き着いた。
若殿もしゃがんでしっかりと抱きしめて姫の全身を袖の中に包み込み
「浄見・・・。よかった。」
と呟いた。
「あと数日ここに滞在したらお屋敷にお連れするつもりでした。」
温かい白湯を運んで、主殿に座す我々の前に並べながら成子が話し始めた。
宇多帝の姫は久しぶりに若殿の腕に頭を乗せ胡坐の上に横たわり眠り込んでしまった。
若殿が姫の髪をゆっくりと撫でながら
「誰の命令で姫をここへ連れてきた?菅原の若君と視察にここへ来たときに出会った男か?誰だ?なぜおまえは言う事を聞いた?」
成子はゆっくりと頷き
「そうですが、名を教えてくれませんでした。彼が姫をここに連れてくるよう命じたのです。なぜいう事を聞いたか?彼が姫の本当の父親だといったからです。」
若殿が眉を痙攣させ苛立ち
「バカな!それを信じたのか?本当の父親だとしたらなぜ誘拐する必要がある?」
と言った後、しまったという表情で黙り込んだ。
「もちろん、姫は世間から隠された存在だからですわ。彼が言うには姫の母親すらわが子に会わせてもらえないと嘆いていたそうですわ。姫が父さまとよぶお方は生まれたばかりの姫をさらい、隠し育てている悪党だという事でした。」
・・・あ、悪党?帝に向かって?まぁやってることは確かに賊の親玉と同じだけど。
若殿がもっと苛立った声で
「それを信じたのか?どこに証拠がある?誰の元から姫をさらったのか知っているのか?」
成子は口の端に笑みを浮かべ
「そんなこと・・・関係ありませんわ。それに・・・ここにたどり着くよう手掛かりを残しておいたでしょう?」
「あの和歌か?あれの意味は『十年で打ち捨てられた都』ということだな?」
えっ?あの和歌が都のことを示していたの?一体どこの都?
(その5へつづく)