無道の呪物(むどうのじゅぶつ) その3
宇多帝に与えられた内舎人十数人を使って都中で六歳くらいの少女を連れた成子の容貌に似た女性、または男性でもいいが、を昨夜から今までの間に見かけていないかの聞き込みをし、我々も市や寺など人が多いところで聞き込みや捜索をしたが少女連れはいても宇多帝の姫ではなかった。
やっぱり手掛かりなしで探しだすには無理がある。
若殿の顔いろがドンドン土色になって呼吸も浅く、額には冷や汗をかいて完全にいつもの冷静さと頭脳のキレを失っているようだったので『このままではヤバい!』と思った私は
「もう一度、今ある手掛かりを見直して整理してみればどうですか?何かわかるかもしれません。」
若殿は私を見て今そのことに気づいた!かのようにハッとし、文を取り出し考え込んだ。
「この和歌はどこかで聞いたことがあるんだが、少し違うような気がする。誰のどんな和歌だったか・・・?それに帝を呪う早良親王の藁人形は浄見の失踪と関係があるのか?侍女の成子も失踪に関与しているのか?元菅原家の侍女という事が関係あるのか・・・?」
そのすべてが関係あるのかもしれないし、どれか一つかもしれないが、とにかく今のままではどこを探せばいいのかもわからないので、ここはひとつ若殿にありったけの知識と知能を振り絞ってもらわないとっ!私には全~~~然わからないので。
「菅原家の屋敷でその侍女についての話を聞く」
と若殿は決断し、都にある菅原道真の屋敷に向った。
かの超有名人・菅原道真様の屋敷はさすが多芸多才の文化人のお屋敷といった趣で、梅や桜は枝ぶりも美しく整えられ庭と調和した景色をなし、燃えたつ紅葉の濃淡様々な紅が風に散る様はいつまでも飽きずに見ていられる。
落ちた紅葉が水に映るお堂の厳かな静けさを波紋でかき乱したあと再び静謐を取り戻す様は世の中の喧騒と静寂の移ろいを表しているようだった。
菅原道真様は讃岐守として任地の讃岐国にいるので、息子や息女が屋敷を守っているはずだが、若殿は侍所で藤原時平と本名を名乗り使用人頭を呼び出してもらい成子の話を聞いた。
使用人頭は笑いながら
「そうです。成子は一年前まではここでお勤めしていました。大変真面目な働き者でしたよ。今は関白家に勤めているんですか?どうですか調子は?元気ですか?」
宇多帝の別邸に勤めているがそのことはバラさないほうがいいのか若殿は否定しなかった。
若殿は思い出すだけで苛立つのか奥歯をかみしめながら
「その成子が昨夜突如失踪しましてね。成子の身元はわかりますか?」
使用人頭は少し驚いたが若殿の殺気だった様子に気おされすぐに思い出そうとし
「たしか、元は貴族の使用人で自分の母はその主のお手が付いたから自分には貴族の血が入ってると言ってました。」
若殿はジロっとにらみ
「その貴族の名はわかりますか?」
使用人頭は含み笑いをして
「藤原何某といっていました。私は聞いたことのない名でしたが、まさか頭中将様のご親戚ではありますまい!ハハハ」
と乾いた愛想笑いをした。
若殿が険しい顔で
「そもそもなぜここをやめることになったんですか?」
使用人頭は少し頭を掻いてう~~んとうなると
「たしか成子の方から辞めて新しい場所に移りたい、誘いがあったと言っていました。」
「新しい雇い主の名を言いましたか?」
「いいえ。それが高貴なお方のところだから迂闊に名前を出せないと言いませんでした。」
若殿が少し眉を上げ
「それが一年前ですね?その直前に何か変わったことがありましたか?」
「え~~と、確か主の子息の一人が成子を気に入りまして菅原家の領地を視察する時に連れて行きました。それから帰ってくると少し様子が変わったようでして、同僚の侍女が『成子の様子がおかしいので話を聞いてやってくれ』と言うので成子と話し合おうと呼び出したところ、急にここをやめて新しい家に勤めたいと言い出しました。」
若殿が前のめりになり
「あなたの目から見て変なところが実際ありましたか?彼らが訪れた領地はどこかわかりますか?」
使用人頭は少し考えたあと
「話している限りは普通でした。おかしくなったと言った侍女を呼びましょう。直接聞いてみてください。若様が視察に回られた領地は複数あるので確かめてわかりしだい文を送ります。」
侍所に成子の元同僚の侍女が現れた。
侍女が来るのを待つ間、まっすぐ宙を見つめてイライラと扇で手のひらを叩いていた若殿がやっと来た!という風に
「成子はここをやめる前どこがおかしかったんですか?誰かに会ったとか、一緒になるとか言ってましたか?」
侍女はいきなりの質問攻めに面食らっていたが
「ええと・・・、成子は若様と領地にお伴している間にある殿方にお会いしたと確かに言ってました。感銘を受けたと。ですが私が成子をおかしいと思ったのはそのことではなく、領地の視察から帰ってきたあと、夜に彼女の房の前を通りかかった時、月を見つめてブツブツと独り言をいう姿をみた時です。低い、まるで男の声で『許せん。なぜだ?復讐してやる。信じていたのに、なぜだ!』と呟いていたのです。いつもの彼女の声ではなく何かが憑りついているようでした。私ビックリして昼間に彼女にそのことを聞いてみてもまるっきり覚えてないみたいでした!それも不思議で・・・」
若殿は侍女の肩をガシッとつかみ凝視し
「その若君は今どこにおられる?話を伺いたいのですが」
侍女は肩をつかまれたことにギョッとして赤くなり
「その後すぐ道真様の任地の讃岐国へお出かけになりました。ここにはいらっしゃいません。」
若殿は舌打ちし、侍女を必死ですがるように見つめた後
「では使用人頭からの報告を待ちます。あなたも何か思い出したら私宛に文を書いてください。」
侍女はウットリとした目で若殿を見つめコクリと頷いたが、『いや!なんか勘違いしてる?この人の「文を書いてね」はそういう意味じゃないよ!ねぇ!期待しちゃダメだよ~~!』といってあげたかった。
しかし、成子に一体に何があって夜中に月に向かって男の声でブツブツと独り言をいうようになったの?視察先の領地で出会った男が何をしたの?
(その4へつづく)