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無道の呪物(むどうのじゅぶつ) その1

【あらすじ:身を切るような冷たい風が吹きすさぶ初冬のある日、時平様の元へ何やら不穏な文が届いた。いなくなった姫と引き換えに残された一首の和歌は何の意味があるの?床下から出てきた呪物が示す真実とは何か。目の前が真っ暗になるほどの絶望でも、うずくまってジッとしていては何も前に進まない。時平様は思考を切り替え自力で光を探し出す。】

私の名前は竹丸。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭・藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

歳は十になったばかりだ。

 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿(わかとの)は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回は呪物ってもとはお(まも)りとか願掛(がんか)けだったんですってね!というお話(?)。

 ある日、若殿(わかとの)がある文を受け取り読むや否や真っ青な顔で私に馬を準備させ二人で宇多帝の別邸に急いだ。初冬の早朝、風は鋭い刃物のように冷たい痛みで頬を切りつけた。

宇多帝の別邸に着き、姫の居住(きょじゅう)にあてられている北の(たい)に我々が足早に入ると、床に乳母やが泣き崩れていた。

若殿(わかとの)が震える声で

「文の内容は本当か?」

乳母やは床に顔を伏せ、むせび泣きながらもウンウンと頷いた。

「今朝、お前が起きてこの(たい)に来たときには既に姿がなかったということは夜中にさらわれたということだな?屋敷は一通り探したんだな?警備の下人は何と言ってる?いや、直接話を聞く。侍所(さむらいどころ)にいるんだな?」

と早口にまくし立て乳母やが頷くとすぐに侍所(さむらいどころ)に駆け付ける。

もちろん私も小走りでついていく。

侍所(さむらいどころ)では警備の下人が(うつむ)いて呆然(ぼうぜん)として正座している前に、使用人頭(しようにんがしら)が立って唾を飛ばしながら(ののし)っていた。

「一体何のためにお前はここで働いているんだっ!こういうことを防ぐためだろう!この図体(ずうたい)だけデカいタダ飯ぐらいのデクの(ぼう)めっ!昨日の晩は何をやってたんだ?どうして姫がさらわれたんだっ!」

若殿(わかとの)は何も言わず使用人頭(しようにんがしら)を腕で無造作に押しのけ、警備の下人の前に片膝をついて座り込み、顔を(のぞ)き込んで

「何があったか話してくれ。思い出せる限り。」

警備の下人が呆然(ぼうぜん)とした表情のまま顔を上げ若殿(わかとの)に何か告げようと口を動かそうとすると若殿(わかとの)がいきなり胸ぐらをつかみ前後に激しく()すり

「早く話せっ!何があったっ!お前が門で警備してたんだろっ!なぜ浄見がさらわれたっ!殺されたいのかっ!」

不穏(ふおん)な事を言うので、私は

「まぁまぁ。落ち着いてください。(おど)してもちゃんとした話は聞けませんよ。どちらも冷静になってください。」

と二人の間に入り引き離そうとした。

若殿(わかとの)が胸ぐらから手を離し、警備の下人は力が抜けヘナヘナと座り込んで(うつむ)き話し始めた。

「その・・・真夜中頃、侍女の成子(なりこ)が『疲れているだろう』と、白湯と団子を持ってきてくれたんです。それを食ったら急に眠気に襲われ気づくと朝になってたんです。」

ウッ!私も誰かにもらう団子には注意しないとなぁ。イヤ、絶対食べるけど。

若殿(わかとの)がキッとにらみつけ

「侍女の成子(なりこ)は今どこにいる?」

後ろから使用人頭(しようにんがしら)

「あのぉ~~それが成子(なりこ)も今朝から姿が見えないんです。昨日は泊まり込んで姫のお世話をするはずだったんですが。いっしょにさらわれたのかもしれません。」

若殿(わかとの)使用人頭(しようにんがしら)の方を振り返り険しい顔つきで

成子(なりこ)の身元は?」

「ええと・・・、確か一年前に侍女として雇ってほしいとやってきまして、以前雇われていた菅原家の推薦状(すいせんじょう)を持っていましたもので、信頼できると思い雇う事にしました。真面目でしっかりした働き者です。彼女に世話をさせるために一緒にさらわれたのなら姫の身は無事だと思います。」

若殿(わかとの)が眉をひそめ

菅原(すがわら)というと讃岐守(さぬきのかみ)道真(みちざね)様か?確か去年(888年)父上の出仕拒否に際して橘広相(たちばなひろみ)様を罰しないように意見書を寄せて(いさ)めたお方だな?」

私の記憶では大殿(おおとの)が起こした政治紛争で『阿衡(あこう)の紛議とも呼ばれる。関白に任じる詔勅を基経が形式的に辞退した後、天皇は改めて基経を「阿衡(あこう)」に任じたが、それについて基経は、中国の古典では「阿衡(あこう)」は名ばかりで実権のない職を指すと抗議し、一切の公務の遂行を放棄した。最終的に天皇は二度目の詔勅を撤回して、その起草者の橘広相(たちばなひろみ)を罷免した。広相(ひろみ)は言いがかりであるとして抗弁したが、「阿衡(あこう)」の解釈について学者らは基経に迎合した。ただし菅原(すがわら)道真(みちざね)橘広相(たちばなひろみ)を弁護した。』というもの。

大殿(おおとの)が大人げなくイチャモンつけてゴネて、公務を停滞させ自分の権力を帝に見せつけようとしたけど菅原(すがわら)道真(みちざね)大殿(おおとの)をなだめて事態を収束させた業績が帝に感謝されてる。

それがなくても菅原(すがわら)道真(みちざね)は『祖父・菅原(すがわら)清公(きよきみ)以来の私塾である菅家廊下(かんけろうか)を主宰、朝廷における文人社会の中心的な存在』だから超の付くインテリ有名人。

そんな家の推薦状があるなら信頼できるということなので成子(なりこ)も宇多帝の姫と一緒に巻き込まれて誘拐されたのか?

「平次様!こ、こんな文が、姫の(しとね)に残されておりました!」

と弱々しい声が聞こえ、慌ててやってきた乳母やは震える手で文を若殿(わかとの)に渡した。

化粧前の素顔の真っ赤な鼻と目がさっきまでずっと泣き続けていたことを示していた。

若殿(わかとの)が来てやっと我に返り自分のすべきことを思い出したのかな?

若殿(わかとの)が読むのを横からのぞくと文には


『うちすてし ととせをひとは さりゆけど わがおもうきみは ただひとりなり』


と書いてあった。

一体どういう意味だろう?

(その2へつづく)

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