願い満つる枕(ねがいみつるまくら) その5
数日後、再びxx寺を訪れることになった我々が寺につくと車宿りに車が二台とまっており先客があることが分かった。
対応してくれた稚児・胡蝶丸に護摩堂に通されると由芽美と結解清人が待っていた。
二人に軽く会釈し驚いた様子もないので、若殿が呼び出したようだ。
沈律師がそろい若殿が話し始める。
「今回私が依頼されたのは連続不審火事件を解決することでした。その犯人が分かったのでお知らせすると同時に由芽美殿と結解清人殿の夢を解釈してみようと思い来ていただきました。」
えぇ?!夢の解釈?それぞれの夢にどんな意味があったの?そんなことできるの?とビックリしてワクワクと目を輝かせて話を聞く。
若殿が結解清人に向かって
「あなたの私的なことに踏み込むことをお許し下さい。あなたが妻と愛人の衣に付け火する夢を見るのはあなたが自分の性的能力を不安に思っているからですね?」
結解清人はビクッと身を震わせ血の気が引いた顔で沈律師をにらみつけ
「この若君に私の悩みをしゃべったんですか?何という人だ!」
と怒ったが若殿が遮り
「いいえ!沈律師は一言も言わず相談者の秘密を守りました。私があなたの夢から推測しました。あなたが『火をつけ』たかったのは女性達の情欲にです。つまり今のあなたは自分では情欲を掻き立てられない状態であると思われます。あなたは昔のように女性たちを充分に満足させたいと思ったが、性的能力が発揮できず屈辱を感じたあなたは焼却することであなたの恥を目撃したもの、つまり女性を含めすべてを消し去りたいとも同時に思ったのではないですか?」
結解清人はワナワナと震えながら俯き黙り込んだ。
・・・結解清人は今度は若殿に火をつけ消し去る夢を見そうだな。
若殿は次に由芽美に向かって
「あなたの夢は後悔の気持ちから作られたものです。夢の中の少年を止めることができなかった後悔。実際はその後何が起こったのですか?あなたの幼馴染の少年が付け火したんじゃないですか?あなたはそれを忘れているかもしれないが、あのとき止めていれば火事を防げたかもしれないと未だに後悔しており、最近起こった連続不審火事件からその記憶を呼び起こされ、あなたはその少年を思い出した。もしくは沈律師に会った後、その少年が沈律師だと思い出し後悔の念が呼び覚まされた。」
由芽美は驚愕の表情で若殿を見つめ静かな声で
「不審火の話を聞き、眠れなくなっていた時、相談に訪れたxx寺で沈律師に会い、あの少年のことを思い出したのです。そしてあの夢を見始めました。そうです!今、全てを思い出しました!彼と遊んだ後、そのお堂の近くで火事が起こったのです!私は彼が火遊びが好きな事を知っていました。だから彼が付け火したと思ったのです。私が一緒にいて止めていれば火事は起こらなかったとずっと後悔していました。あの火事はあなたが火をつけたんでしょう?」
と沈律師に微笑みかけ、目を見つめた。
沈律師は観念したようにため息をつき
「あぁ、やっぱり由芽美はあの時の少女だったんだね!そうじゃないかと思っていたんだが、口に出すことはできなかった。あの頃のことは忘れてしまいたかったからね。確かに私は幼いころ由芽美とよく遊んでいました。火を見るのも好きでした。そうです。私が枯れ葉に付けた火の粉が飛び、お堂近くの廊下を焼く火事を出してしまいました。今でも申し訳ないと思っています。すぐ寺の人を呼び廊下を焼くだけで済みましたが。それでも近所では噂になり、私は稚児として遠方の寺に預けられることになったのです。」
・・・まぁ失敗は誰にでもあるし、反省してればいいし、毎日護摩行をできるって沈律師にとって最高の状況だろうなぁ。
アレ?と思って私が
「肝心の放火犯人はどうしたんですか?誰ですか?」
若殿はニヤリと笑って、白湯と菓子を給仕している胡蝶丸の腕をつかみ
「最近付け火があった藤原胡礼の屋敷から立ち去るところを見られたのは手落ちだったな?」
と話しかけた。
胡蝶丸は焦って手を振りほどこうとしたがガッチリと握られてほどけない。
「この数日、配下の者に藤原胡礼の屋敷を見張らせていたんだ。もちろんお前が投げ入れた火はすぐ消した。」
沈律師が驚き目をむいて胡蝶丸を見て
「お前が!まさか、私が漏らした愚痴を本気にしたのか?不愉快があった腹いせに少し悪しざまに言った単なる愚痴だったんだぞ!それを本気にして私のためにそんなことをしたのか!何と罪深いことをっ!あぁ!何てことだ!私のせいだなんて!」
と情けなさそうな顔で狼狽え、手で顔を覆って嘆いた。
・・・さっきまで法力すごいでしょ?って自慢してたり大声で恫喝してたのに。案外常識的ないい人だったのね。
胡蝶丸はフンと開き直り
「そうです。師匠にどうやったら出世できるかを尋ねたとき、上の人間に気に入られる行動をとれと言ったでしょう?だから師匠のご機嫌取りにやったのです。私は何も悪くない。」
と全然悪びれてない。
この連続不審火事件で死人が出てないのが不幸中の幸いだが、焼け落ちた建物の責任は誰がとるんだろう?沈律師かな?やっぱり。
胡蝶丸を弾正台の役人に引き渡し、お礼の美辞麗句を存分に浴びせられた若殿とやっと帰路についた私は
「夢の内容からその人の考えてることが分かるなんて凄いですね!私もやりたいです!夢診断!」
と言うと若殿は少し得意な顔で
「自分の感情の高まりや内臓の活動による刺激と関連する過去の記憶映像の断片が脳内でつなぎ合わされ再生されるのが『夢』だから、自分の『夢』の内容を診断すると、その時最も強く感じていることが何かを気づかせてくれ、解決法まで示してくれることすらあるんだ。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
自分の中にある記憶で作られるはずの夢が面白いときってそれを物語にしても客観的には面白くないんでしょうね。
だって面白い気分が先にあってそれにあわせて記憶の画像をつなぎ合わせてるから。
じゃあ脳内の感情が先にあるってことで外界の刺激は感情に関係ないのかしら?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。