願い満つる枕(ねがいみつるまくら) その4
xx寺では下働きの稚児に護摩堂に案内され結解清人が祈祷を受けたという沈律師が現れるのを待った。
現れた沈律師は眉の太い意志の強そうな顔をした、首や腕や足の筋張った日焼けした僧侶だった。
日々風雨や日光に曝されて厳しい修行を積んでいるのかなという印象を受けた。
若殿は早速
「由芽美という未亡人に会いましたね?彼女は近頃都を騒がしている連続不審火事件の犯人があなただとなぜか思い込んでいるようですが、心当たりはありますか?」
と核心をつく。多分、いつものハッタリだけど。
沈律師は快活に笑いながら
「ハハハ!面白いことを仰いますね!民衆の苦しみを取り除くのが役目の仏に仕える身である私が民衆を火事で苦しめていると?由芽美殿はなぜそんなことを思いついたのでしょう?確かに由芽美殿に祈祷をし、相談を受けましたが。」
「連続不審火事件について何も関係はないと?」
沈律師は口の端をゆがめ
「全くとは言い切れません。なぜか私が法会や法要で訪れた場所にその不審火が起こるようです。特に家人に無礼や不遜な振舞があったなど、私が不愉快に思った場所にね。法力のなせる業かもしれませんが。しかし、手は絶対に下してません。」
と妖しく笑った。
由芽美と結解清人にどのような相談を受けたのかを若殿が訊くと沈律師は
「人様の悩みを誰にでも話してしまえば、私に相談する人はいなくなるでしょう?当然言えません。」
とキッパリ答えたので若殿が
「では私の相談事も聞いてくださいませんか?どのように悩みを解決したのかその方法が知りたいのです。」
沈律師は怪訝な顔をしたが、
「では、方法を説明しましょう。護摩壇に供物や護摩木を投じて火を点じることはご存じですね?私の場合その間経を読まず悩み事を話していただくのです。相談者には火をぼんやりと見つめながら話してもらいます。」
・・・ここまでは普通に相談事を聞いてるだけだが、どこが特別なのかしら?火を見つめてるところ?
沈律師は続けて
「ではあなたの悩みを話してください」
若殿が意を決したように
「実は・・・道ならぬ恋をしているのです。あきらめなければならない相手に苦しい片恋をして悩んでおります。」
えぇ?!本気の相談じゃないの?ぶっちゃけるねぇ~~と感心していると沈律師が急に激怒した顔つきになり
「お前はっ!そんなことができる身分かっ!まだ親のすねをかじっている分際でっ!下劣な情欲に身を任せ心身を鍛錬する修行を怠り、何が悩みだっ!お前のすべきことはまず己の内面を鍛えぬき立派に義務を果たすことであろう!この木偶の坊の役立たずがっ!お前は恋愛のごとき遊興が許されるほど立派な人間かっ!?何かを達成したのかっ!重々反省せよっ!」
と一喝した。
私は大声に思わずビクッと身を縮ませたが、チラリと見ると若殿は驚きすぎて蒼白な顔で硬直していた。
・・・大殿にも怒鳴られたことないのに。
すると突然、沈律師の表情が緩み笑みを浮かべると
「このように、少し強めに説教して相手が自信を失い無力感に苛まれた状態になると、優しく言い聞かせるのです。たとえば『私を信じてその恋をあきめなさい。それが最善でしょう?それですべてがうまくいくのですから』というように、はっきりと結論を提示します。相談者は自分を信じられないのですから、私を信じ、私の言う通りにします。」
・・・ウ~~ンそれって洗脳?じゃないの?
その場の空気が少し重くなったところへ稚児が白湯と菓子を給仕しにきた。
沈律師がその稚児に向かって
「ああ胡蝶丸よ、次の祈祷の客人のために護摩壇の準備をしてくれ。この方々はもうお帰りになるから。」
と言い、我々はその場を辞すことになった。
もちろん出された菓子の柿は私の口に全部入れ、パンパンに頬張って。
帰りに門まで稚児の胡蝶丸が見送りに来てくれたが、その時、若殿が
「ああそういえば沈律師が最近法要に訪れた先の貴族宅で無礼があったと聞いたんだが誰のことだったっけ?私も気をつけたいから本人に会って話を聞こうと思ってね。何をして律師を怒らせたのかを。」
と言うと胡蝶丸は思い出そうとして
「そうですねぇ。最近ですと源無頼と藤原胡礼ですかね。師匠がお怒りになったのは。」
若殿は『わかった』と頷いて我々は立ち去った。
私はまだモグモグしながらハッ!として、弾正台の役人から聞いた不審火が起こった場所リスト(これも若殿にメモらされていた)を見て
「若殿!源無頼の屋敷は不審火があった現場です!」
若殿は何かを企んでいるようにニヤリと笑った。
(その5へつづく)