願い満つる枕(ねがいみつるまくら) その3
結解清人の屋敷は小さめだか手入れの行き届いた心地よさそうな屋敷だった。
結解清人は見た目も小ギレイでキッチリと整頓するのが好きそうな、神経質そうな四十半ばぐらいの男性。
何処かしら不安そうな表情を浮かべ、しきりに鼻をこすり、ソワソワと落ち着かない様子で
「弾正台からいらしたんですね?文を読んでいただけたんですね?どう思いますか?私は放火犯でしょうか?」
・・・なぜ他人に訊く?自分の行動を覚えていない時間があるの?眠っている間にウロウロ歩き回ってたのを誰かが見たとか?
若殿がニコリと愛想笑いを浮かべ
「まず、どんな夢をみるのか、詳しく話してください。実際の火事の状況と照らし合わせますので」
結解清人は鼻をこすったり、首の後ろをさすったり、貧乏ゆすりしたりして落ち着かなかったがポツリポツリと話し始めた。
「ええと、まず、私は夢の中で、ロウソクをもってこの屋敷をウロウロしています。寝室にしている塗籠からでて廊下を渡り、北の対へいくと、眠っていると思っていた妻が起きて座っていてこちらを見ています。表情が、表情が・・・私に対して嫌悪の表情を浮かべているのです。普段の妻のそんな顔を見たことがないのに、です!あぁ、嫌悪というよりも侮蔑というか嘲笑というか、とにかく私は妻に見下されていると感じました。そして・・・・」
と言いよどむので若殿が眉を上げ興味を示し
「そして、どうしたのですか?」
結解清人は思い切ったように早口になって
「私は妻の単衣に手にしていたロウソクで火をつけたのです!もちろん夢の中でです!そんなことを実際にしたいと思ったこともありません!なのに、夢の中で妻の衣が燃えあがり炎が妻の全身を包むと満足したのです。炎のなかでなぜか妻も微笑んでいました。」
若殿が真面目な顔で
「その同じ夢を何度も見るので、自分が放火犯のような気がするというわけですか?」
結解清人は硬い表情で頷き
「ええ。その他にも似たような夢を見ました。別の女性の衣にもロウソクで火をつけました。」
「失礼ですが、その女性は恋人もしくは以前恋愛関係だった女性ですか?」
結解清人は少し顔を赤らめ
「はい。そうです。つい最近まで関係を持っていました。」
「女性の衣の他にどこかに火をつけた夢を見ましたか?」
結解清人は思い出そうとし
「女性の周囲にあった几帳や屏風、厨子棚など衣につけると同時に身の回りのものにも火をつけました。」
う~~ん。弾正台の役人の話では連続不審火が起こっている場所は寺のお堂や貴族の屋敷の薪置き場、枯れ葉集積場などで、油をしみこませた薪に火をつけたものを壁の外から投げ入れられたというから、犯人は屋敷内部の建物の配置を知りつつ、外から放火したと考えられる。
結解清人のように衣に付け火した例はなかった気がするので犯人じゃないと思うけどなぁ。
若殿が結解清人に向かって
「その夢を見る前に行ったことがある場所がこの書き付けの中にありますか?竹丸、さっきの書き付けを取り出して見せてくれ。夢を見始めた時期にできるだけ近いほうがいいのですが。」
と言うので由芽美の屋敷で書き写した紙を懐から取り出して結解清人に見せた。
結解清人はサッと目を通し、ある寺を指さし
「夢を見る直前に行ったのはここです。ここで行われる護摩行では律師が特別に一人ずつ話を聞いてくれ悩みを解決してくれるのです。私もある相談事があって・・・」
と言いかけたが最後まで言わずに黙り込んだ。
何?結解清人は悩みがあったの?由芽美も確か体調不良で加持祈祷してもらったと言ってたので、二人ともに共通なのは解決したい悩みがあったという事か。
護摩行(護摩壇に火を点じ、火中に供物を投じ、ついで護摩木を投じて祈願する)は火を使うから火に関する夢を見てもおかしくないが、連続不審火事件と関係があるのかはまだわからない。
二人ともそのxx寺の律師に悩みを相談した後、夢を見始めたのなら次に会いに行くのは・・・と考えていると若殿が
「xx寺へ行くぞ」
と言った。
(その4へつづく)