願い満つる枕(ねがいみつるまくら) その2
屋敷につくと若殿が弾正台の役人の平次と名乗り由芽美と出居で直接対面できることになった。
由芽美は四十半ばと思われる、若いころはさぞかし美人と言われたであろう女性で、頬の皺や白髪が少し目につくがそれが無ければ今でも男性からチヤホヤと言い寄られそうな魅力が充分あった。
由芽美はなぜか神経を張り詰めた雰囲気で、イライラしているのか眉根を寄せ若殿を見る目の周りの皮膚がピクピクと痙攣していた。
「最近よく眠れませんの。夢のせいかもしれませんが、その前から体調がすぐれませんので加持祈祷をしてもらいに寺を訪れたりしておりますのに、一向に良くなりませんの。」
若殿が
「なぜその夢の少年が都中に放火してると思うんですか?」
由芽美は不安そうな表情になり
「自分でもわからないのです。でも、夢を見て目覚めると、いつも強い後悔の気持ちが残っているのです。『彼と行くべきだった』と。そして悲しくなるのです。不審火が続出しているという話を聞きなぜか彼のことを思い出し夢を見始めたので、彼と関係があると思いました。」
若殿が少し考えた後
「加持祈祷のために最近訪れた寺とはどこですか?」
由芽美は侍女に向かって
「わたくしが訪れた先の記録を持ってきてちょうだい。」
侍女が帳面を持ってくると若殿が受け取り、ペラペラとめくると証明印(経典を写経したものを寺院に納めた代わりに証として受ける領証)が複数押印され、それぞれ日付と寺名が 墨で書かれていた。
「納経帳ですね?納経されたんですか?」
由芽美が頷くと、続けて
「夢を見はじめた時期はいつですか?竹丸、その前後の寺名と日付をできるだけたくさん書き写しておいてくれ」
と私に命じたのでサッサと書き写した。
確か十ぐらいはあったかな。
我々が藤原邸に帰ると、弾正台の役人から若殿へあてた文が届いておりそれを読んだ若殿が
「今度は結解清人の屋敷へ行く」
と言うのでお伴することになった。
途中なぜ結解清人を訪ねることになったのかを若殿に質問すると
「結解清人は自分が放火犯かもしれないと自供ともとれる文を弾正台に送ったらしい」
えぇ?!犯人が自供したって?じゃあ解決じゃん!と思ったけど
「その自供の信憑性を確かめに行くんですか?」
と聞くと若殿は何かを考えている表情で
「いや。結解清人は自分が火をつける夢を何回も見るというんだが、彼が夢でどこに火をつけたのかなどの状況を詳しく聞いてみないと自供かどうかわからない。」
私はハッと思いついて
「予言能力かもしれないですよね?犯人じゃないなら。超能力者かもですね?」
若殿はより一層深刻な表情で頷いた。
(その3へつづく)