願い満つる枕(ねがいみつるまくら) その1
【あらすじ:都で続発する不審火の調査を頼まれた時平様は弾正台に届いた文を頼りに調査を進めるが、文の内容はある貴族の未亡人がよく見る夢についての話。そんなアテにならない情報を信じて大丈夫なの?時平様は今日も願望充足を夢見る。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は何度も見る夢ってやっぱり気にしてることですよね!というお話(?)。
ある日、若殿をたずねて弾正台の役人が藤原邸を訪れた。
弾正台の役人は出居に私と若殿が出向くと、キチンとした正座の態勢から堅苦しく手をついて頭をサッと下げ
「まことに度々で心苦しいのですが、またもやお力を拝借致したい事件がございましてお願いに参ったのです。」
若殿が堅苦しさに困惑し『いいから!顔を上げて』という風に手を振り苦笑して
「連続不審火事件ですか?今、都で起こっている。」
役人はサッと頭を上げ感激したように
「さすが頭中将どの!我々凡人には到底かなわないご慧眼には常々感服いたしております!」
・・・この人いつも下手に出てるようでいて、うまいこと言っておだててタダで若殿を調査させるけど、若殿が忙しくなったりおだてても思った通りに動かなくなった日にはどうするつもりなんだろう?それはそれで別人に頼るのかしら?こういう人ほど適材適所で人を配置したり、人を使ったりが上手で一番出世しそうだなぁ。①人の能力を的確に見抜いて、②それを上手く使う(その気にさせる)という二つの技術が必要なんだなぁ・・・難しそう。
役人は懐から文を取り出し広げて若殿に渡し
「実は今日この文が弾正台に届いたのです。差出人はさる貴族の未亡人で由芽美といいます。お読みいただきご判断を仰ぎたいのですが。」
若殿が読む横からのぞき込むと文には以下のように書いてあった。
『怪しい火事が洛中で連続して起こっていることについて、少し思い当たるところがありますので、お役に立てたらと文を認めます。わたくしは今でこそ亡き夫の残してくれた屋敷とわずかな田畑でつましく暮らしていくには十分な財がありますが、生まれは使用人の娘という下賤の身分でした。年頃になり貴族である夫に見初められ正式な妻となったのです。ですから幼いころの友達と言えば同じく使用人の子でした。ここからはよく見る夢の話なのですが、不審火と関係がある気がしてならないのでどうかお聞きください。夢の中ではわたくしはまだ七つにも満たない少女でした。当時わたくしには一緒に遊ぶ仲のよい少年がおり、夢にはその少年が出てきました。その少年と近所のお寺のお堂でしばらく遊び、そこを出た後、その少年がどこかへ行こうと誘うのですがわたくしは彼と一緒に行きたいという気持ちがありながらも、いつも断ってしまうのです。夢が覚めいつも『どうして彼と一緒に行かなかったんだろう』という後悔の気持ちで胸がいっぱいになるのです。彼と行っていれば今の生活とは違ったかもしれないと胸が痛むのです。わたくしは亡き夫に嫁いだことを少しも悔やんではおりませんのに、なぜあの少年についていかなかったことを後悔する夢を見るのか、われながら不思議なのです。そして、洛中で不審火をおこす犯人がなぜかその少年のような気がしてならないのです。その少年はその後どこかの寺の稚児になったとしか聞いておりませんので、現在の彼がどこの誰だか、生死すら不明ですのに、なぜか彼が都の様々な場所に火をつけているような気がしてならないのです。』
私はその文を読んだ後、疑問で頭がいっぱいになり若殿に
「夢の中に出てくる幼馴染の少年が放火犯だと思うから探せというんですか?ムチャクチャじゃないですか?今の彼がどこにいるかの手掛かりが少なすぎる上に彼が放火犯であるという証拠も全くないのにどうして由芽美はこの文を弾正台に送り付けたんでしょう?」
若殿は少し考えた後
「おそらく文に書いてあることより何かを知っているんじゃないだろうか?勘のようなもので。」
私はビックリして
「えぇ?!若殿が勘を信じるですって?槍が降りますよぉ~~!」
と言うと、若殿は『まあね』というふうに肩をすくめ
「とりあえず、由芽美に会いに行って話を聞けばもっと具体的にわかるかもしれない」
と由芽美を訪ねることになった。
件の弾正台の役人は・・・調査を我々に丸投げしてサッサと帰ってしまった。
(その2へつづく)