万能の妙薬(ばんのうのみょうやく) その3
次に会いに行ったのは薬戸の人で納めるはずの薬草を奪われた人。
薬戸の人々が住んでいるのは我々貴族の使用人が住んでいるような土間と高床からなる一室の小屋が並んだ家だが、その人・漢方太が住んでいる小屋の隣には屋根がある空間と、薬草園が連なっていた。
屋根がある空間は採集した薬草を乾燥しておく場所で、薬草ののったザルが置かれた棚が並んでおり、隣の薬草園には草花が栽培されていた。
乾燥した薬草の種を取る作業中の漢方太に若殿が
「襲われて奪われたのははじめてですか?それとも複数回ありましたか?」
漢方太は忙しそうに手を動かしながら若殿の顔も見ず
「お役人さんだから正直に言いますけどね、実は何回も襲われて薬草を奪われているんです。」
若殿が険しい顔をして
「いつも同じ薬草ですか?毎回違う薬草ですか?賊は同じ薬草を狙ったかどうかですが。」
漢方太は少し手を止め考えると
「そういえば麻を奪われた回数が一番多いですな。京外の農家から買うのですがその度に襲われ典薬寮に納めることができません。」
麻?といえば衣や袋の繊維素材ですぐに育つ植物だからどこにでも生えてるし、そんなものを奪ってどうするの?種は食べるけど、そもそも何の薬なの?と思っていると若殿が
「麻は花や葉が催眠薬や喘息治療に使われる種類もありますね?それを典薬寮に納めているんですか?」
漢方太はまた種を取る作業に戻り
「そうです。治療効果の高い種類を選別して育てているんですが、それがよく強盗に奪われます。」
としかめ面をした。
話を聞き終え帰ろうとすると、私ぐらいの年齢の子供が漢方太の薬草園から出てきて私に駆け寄り話しかけた。
「ねぇ!ちょっと待ってよ!お前、父さんの薬草を奪った賊を捕まえてくれるんでしょ!」
私が
「そうですが。あなたは漢方太の子ですか?」
その子は少しはにかみ
「俺、賊を見たんだよ!そいつが施薬院に入っていくのを!」
私も若殿も驚いて
「えっ?施薬院の使用人?それとも治療を受けに行った病人?どっちかわかりますか?」
その子は
「多分使用人だよ!だって俺が施薬院に母さんの薬をもらいに行くたびにいるんだもん。施薬院の人とよく話し込んでいるし。あそこにはガラの悪い連中が大勢たむろしているんだ。」
私は『ん?』と疑問がわいて、若殿の顔を見て
「漢方太は賊の正体が施薬院の使用人だとは知らなかったんでしょうか?それとも知ってて黙っていたんでしょうか?知っていたならなぜ黙っていたんでしょう?病人が来るはずの施薬院にガラの悪い連中が集まるってどういう事でしょう?」
若殿は真剣な表情で何かを考えこむように黙り込んだ。
(その4へつづく)