万能の妙薬(ばんのうのみょうやく) その2
数日後、弾正台(中央行政の監察、京内の風俗の取り締まりをする機構)の役人が若殿を訪ねた。
その役人は石人形が衣をまとったのかというくらいガチガチの真面目さで、出居で正座し頭を下げたまま硬い口調で
「実は近頃、典薬寮の医師や医博士が強盗に襲われ銭や貴重品を奪われるという事件と、薬戸(律令制において官司に配属されて宮中で用いる物資(今の場合薬)の生産・技術伝習にあたった人々)の数人が調達した薬草を典薬寮に納めようとする途中で強奪されるという事件が相次ぎまして、犯人の目星がつけがたくお知恵を拝借できないものかと思い参りました。頭中将殿の事件解決の御高名はかねがね拝聴いたしており・・・」
と四角張るので若殿は途中で『あぁ~もういい!』という風に両手を振って口上を遮り
「具体的に誰が襲われたんですか?これから話を聞きに行き詳しく調査します。」
私の知識では典薬寮とは『宮内省に属する医療・調薬を担当する部署。宮廷官人への医療、医療関係者の養成および薬園等の管理を行った。』という機関。
若殿はまず強盗に襲われたというそこの医師の話を聞くことにし、典薬寮を訪れ、殿舎の一角に医師を呼び出してもらった。
医師は五十すぎとみえる穏やかで人のよさそうな中にも毅然としたところがある人で、細いタレ目が皺に埋もれて表情が読み取れないが笑みを浮かべているようにみえた。
しかし、襲われたばかりのせいか若殿にも警戒している様子でチラチラと盗み見してなかなか目を合わせようとしなかった。
若殿が緊張を解こうと微笑みながら
「災難でしたね。無事で何よりでした。早速ですが強盗犯に見覚えはありますか?最近、知人から恨みをかったなどの心当たりは?」
医師は一瞬頬をひきつらせ
「心当たりと言えば一つしかありません。『万能の妙薬』として市に高値で出回っている薬を御存じですか?」
若殿は『ハイ』と頷き続けて
「それは指定された諸国(畿内、近江、丹波、播磨)で栽培され献進されているもので、留学僧や遣唐使が大陸から持ち帰り一部の僧や宮廷の貴族だけが入手できるものですね?」
と言うと、医師は深刻な表情で頷き
「私はその『万能の妙薬』を庶民が誰でも入手できるようにしたいのです。その種を耕作能力に余裕のある農民に無償で与え、栽培させ市で安く出回るようにし、誰でも自由に売買ができるようにしたいのです。そうすれば庶民の健康も増進します。その許可を朝廷に得ようと上奏したのですが、議題に上る前に誰かが阻止したようでした。賊は襲った時、私にこれ以上の上奏をやめるよう脅迫したのです。」
若殿も深刻な顔になり
「もう一人の襲われた医博士も同じ理由ですか?」
医師は若殿の顔をジッと探るように見つめた。
若殿は何かを感じ取ったのか慎重に
「私もあなたの意見に賛成です。できる限りの事をいたします。」
と言うので、私は『どうして安心して私に任せてください!とシッカリと請け合わないのだろう?『万能の妙薬』を庶民が気軽に入手できれば病気やケガが減って朝廷が望む生産性だって上がるだろうに?』と疑問に思った。
それにしても、もうすぐ『万能の妙薬』の正体がわかる!と思うとワクワクした私は若殿に
「種があって栽培できるとなると植物ですよね?私が知ってる薬になる植物と言えば、シャクヤク、カリン、ボタン、ドクダミなどの花が特徴的なやつとか、その辺に蔓がはびこってる葛ぐらいですけど、それらの効能は万能じゃないですもんねぇ。笹の葉とか柿の葉とかヨモギも薬になりますよね。竜骨(動物の化石)はただの石だし、鹿茸はシカの角、亀板は亀の甲羅、紫荷車は人の胎盤、牛黄は牛の胆石、食用蟻は虫だし・・・・」
と並べ立てると、若殿が驚いたように
「お前・・・やたら本草(漢方医学のこと)に詳しいな。書で調べる分にはいいが私を使って人体実験するなよ。」
とちょっと引いてた。
私はハッとして人体実験か!思いつかなかったけどその方法があったな!今度その辺のいろんな草や貝殻や骨や虫を食べさせてみよう!誰に?それは秘密。ゥヒヒヒヒッ!
と一人でほくそ笑んでる私を見て若殿はますます嫌~~な顔をしてた。
(その3へつづく)