万能の妙薬(ばんのうのみょうやく) その1
【あらすじ:多くの疫病の病原菌を死滅させ、毒消しにもなる、生活病予防にもなるという万能薬があると聞いた私だが、市では少量高値で手が出ない。医師の役人たちはその万能薬を普及させようとするが、損する役人がジャマするのはよくあること。そんな夢のような万能薬とは一体何のこと?困窮者の病人救済が目的の施薬院には多くの薬草があるが、医学知識を悪用し乱痴気騒ぎを起こすのはいただけない。時平様は今日も環境の恩恵と理不尽の板挟みになる。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は今も昔も薬はその辺に普通にあるんですね!というお話(?)。
ある日私は屋敷に帰り着いた途端、従者仲間から今さっき聞いたばかりの『万能の妙薬』について興奮して唾を飛ばしながら勢い込んで若殿に説明した。
「何しろどんな疫病の病原菌もその妙薬を飲むと体内で死ぬらしいし、毒虫や毒蛇に咬まれた傷にその妙薬をかければ毒が消えるらしいです!さらに悪性の腫れ物や、中風・卒中(脳血管疾患)・太りすぎを防ぐ効果もあるし、風邪も防げるらしいです!本当にそんな妙薬があれば病気や毒虫なんて怖くないですよね~~!」
若殿が胡散臭そうに私を見て
「どこでそんな眉唾な情報を仕入れてくるんだ?そんな薬がどこにあるんだ?」
私は信じてもらおうと必死で
「さっき市で藤原斯宗の従者が人と話しているのを聞きました。藤原斯宗と言えば若殿の親戚でしょう?疑うなら本人に聞いてみるといいですよ!従者は主の藤原斯宗から聞いたらしいですから。市にも出回るそうですがいつも少量で、高額の値がついていてもすぐに売り切れるらしいです!」
と話すと、若殿は少し思い当たる節があったようで
「藤原斯宗といえば施薬院の別当(官司の長官)の息子だな。施薬院は病人の治療・施薬する施設だから藤原斯宗に薬の知識があってもおかしくないか。どうやら信憑性はありそうだ。」
私の知識では施薬院とは『光明皇后の発願により創設された庶民救済施設・薬園。諸国から献上させた薬草を無料で貧民に施し、東大寺正倉院所蔵の人参や桂心などの薬草も供されている。』という場所。
『藤原冬嗣が施薬院に食封1,000戸を寄進したものの、その使い道を藤原氏の困窮者の救済に限定させた』とか『別当のうち1人は藤氏長者の推薦によって藤原氏から補任される』とか聞いたことがある。
今の藤氏長者(藤原氏のトップ)は大殿だから大殿が藤原斯宗の父親を推薦したのね。
・・・藤原氏以外の困窮者も救済してると信じたいが実際はどうかわからない。
若殿が興味を持ったようで
「どんな名前の薬だ?」
私は名前は聞こえなかったがウ~~ンと思い出そうと集中して
「ええと・・・確か『弘仁六年(815年)に留学僧・永忠が嵯峨天皇に奉った』とか言ってました。」
若殿が思い出そうとして曖昧な記憶を手繰り寄せたようで
「じゃあ、アレのことかな?」
と言うので私は一刻も早く知りたいと思って
「何ですか?!何という名前の薬ですかっ?!」
と身を乗り出して目を輝かせると若殿は
「確信はないから藤原斯宗に確かめてから教えてやる。」
と勿体つけた。
・・・早く教えてくれればいいのに。チッ!ケチッ!
(その2へつづく)