愛憎の方術(あいぞうのほうじゅつ) その3
最後に若殿と組んだのは眞白という姫で、眞白は和歌のことよりも何か深刻な考え事で頭がいっぱいの様子だった。
眞白の容姿と言えば一番若殿が好きそうだなという幼い顔つきでクリっとした瞳がかわいい、丸顔で睫毛の長い姫だった。
お題について若殿が話しかけると、サッと若殿を見つめ
「ねぇ?どう思われます?さっき几帳の向こうから源傲一が計恵に付き合ってくれと言ってるのが聞こえたんですけど、聞き間違いでしょうか?」
若殿が面食らって
「なぜ?」
「だって、源傲一は私の恋人ですのよ。次の私の誕生日は我が家で両親も交えて一緒に食事しましょうと約束しているのに!・・・彼には浮気したら別れると言い渡しています。なのになぜ計恵に言い寄ってたのかしら?もしかして、私に贈り物をするために好みを聞き出そうとして?私を喜ばそうとして計恵に近づくの?ほら、私と計恵は仲良しでしょう?」
・・・知らんし!でもきっと源傲一はただの浮気者ですよ~~~と腹の中で呟いた。
若殿が苦笑し
「それは『認知的不協和』です。考えと行動の矛盾を、別の考え方で正当化してしまう現象を説明した理論です。源傲一が浮気してるのなら別れなければならない、あなたは別れたくないから、源傲一は浮気しておらず自分のために計恵に近づいていると認知をゆがめているのです。」
眞白は愕然とし、今にも泣きだしそうな表情を浮かべたが、唇を噛んで我慢した。
「・・・では、やっぱり源傲一とは別れたほうがいいですの?」
とか細い声で呟くと、若殿は今度は愛想ではなく心から同情したように微笑み、
「そんな男はあなたにふさわしくないでしょう。ほかにいくらでもいるでしょうから、ゆっくり見極めたほうがいい。」
と涙で潤んだ眞白の瞳を見つめながら言うと、眞白はそれでもまだあきらめきれないという顔で黙り込んだ。
それぞれのお題についてどんな和歌が詠まれ、どれが最優秀とされたか?は別に誰も気にしてないので割愛するとして(気にしてたらゴメンナサイ)、会がお開きになって自分の対でぼんやりとしてる若殿に、
「どの姫が一番好みでしたか?やっぱり眞白ですか?」
若殿はハッと我に返り
「今日はまだ時間があるな、今から宇多帝の別邸に行くぞ!」
と立ち上がろうとするので、大殿の意向をちっとも理解しようとしない若殿に私はちょっと苛立ち
「大殿が何のためにお見合いを用意したのかわかってないんですか?宇多帝の姫は諦めろという意味でしょう?」
若殿は私を見て明らかに不機嫌そうにブツブツと
「私は・・・そうじゃない!浄見に会いたいわけじゃない!宇多帝から命令があるかもしれないし・・・」
「命令があるという文は届いてません。」
「あ~~じゃあ、あの屋敷の庭の~~花をな、そうっ!世話をしないと!それに面白い書があるんだ、あそこには!私は昔からあの屋敷が好きなんだ。あそこにいると落ち着くんだよ!」
私は一計を案じ
「今日は帝のお供で姫は紅葉狩りに行き屋敷には不在だそうですけど、それでも宇多帝の別邸に行きますか?」
と嘘をつくと、若殿はギクッとして固まった。
そのままジッと何かを考えこむように一点を見つめて微動だにしないので、心配になった私は
「どうしたんですか?今さらショックを受けたんですか?」
若殿は自分をあざ笑うような悲しそうな笑みを浮かべ
「まさしく、『認知的不協和』だな。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
行動経済学の内容を具体例にしてみました。
過去のトラウマがあると、そこに関して避けて通るので現在の問題は解決しないと聞いたんですが、直視したとて解決しないこともありますよね~~!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。