愛憎の方術(あいぞうのほうじゅつ) その2
次に若殿と組んだのは計恵という姫だった。
計恵は宮中で内侍司に勤めに出ている女官で、将来は尚侍かとも噂されるぐらいのやり手。
もちろん貴族の娘で、くっきりとした目鼻立ちで肌つやのいい、姉御肌な感じ。
目力があって、見つめられて命令されようもんならハイっ!と何でも言いなりになりそう。
お題『紅葉』について若殿にハキハキと話しかけ、自分の詠んだ和歌の長所を滔々と力説しているが、若殿は生気の抜けた顔で頷くばかり。
「あなたのその和歌でいきましょう。いい和歌です。」
と最後は投げやりに見えるほどあっさり了承したのを計恵は不服そうに見つめている。
めげずに若殿に何かと話しかける計恵の後ろで、私は計恵の侍女に話しかけた。
「あなたの主は男性関係で困ってないんですか?」
侍女は計恵よりもおっとりとして、話し出す前にたっぷりと間を取る人だった。
「主はね~~、長い付き合いの平見習様という恋人がいるの~~。主が銭を工面して服装や必需品や参考書を立派にそろえてあげて、大金をつぎ込んでやっともう少しで蔵人というところまできたのよ~~。」
とゆっくり話す。
「だから、若殿には興味がないんですか?なぜ今日来たんです?」
侍女はう~~~んと上前方を目だけで見上げて
「でもぉ、主はもう平見習様に飽きたらしいのね~~。でもぉ~~過去に出した銭がもったいないから、別れるのをためらっているのよぉ~~。」
とスピードは遅いが端的に核心を突く。
若殿がまたクルリと振り返り
「それは『埋没費用効果』という。これまでかけた費用がもったいなさすぎて、止めるよりも続けることを選び、より損失を増やしてしまう結果にもなる。」
それを聞いて計恵が驚いたように
「まぁ!まさしくそうですわ!でも仰るようにもう相手に興味を失ったのなら手を切るべきですわね?」
と艶めいた微笑みを浮かべ横目で若殿を見つめる。
若殿が愛想笑いを浮かべ
「どうでしょう?結婚となると気心の知れた相手の方が何かとうまくいくんじゃないですか?」
計恵は躱されたと気づいたのかちょっとピリッとしたが、すぐにいっそう妖艶な笑みを浮かべ
「じゃあ、さっき是非恋人になってくれとせがまれた源傲一様を選んだほうがいいと思いますか?」
と首を傾け品をつくって若殿を見つめた。
若殿はよりいっそう口元だけの笑みを浮かべ
「それは、あなた次第でいいのでは?どちらとも上手くやるのであれば二人とも付き合えばいいでしょう。『もったいなく』て『損をしたくない』なら。」
と頷く。
まさしく『打っても響かない』とはこのことで、ここまで無関心な態度を取られたら、自尊心のある女性ならそれ以上グイグイ来ることはない。
若殿は自分が関心を持てない人にはトコトン冷たい態度をとれるという特技がある。
(その3へつづく)