貪欲の秋茜(どんよくのあきあかね) その5
若殿は確認したいことがあると再び瑞の屋敷を訪ねた。
御簾越しに対面した瑞に向かって
「あなたはこの家に養女に来る前、殺された藤原鬼矢とすでに知り合っていたんですね?」
瑞は驚いた気配がしたが
「・・・・はい。」
と小さくつぶやいた。
どーゆーこと?と思わず私は
「つまり瑞は藤原鬼矢と藤原銀矢の二股かけてたんですか?」
と口をはさむと、若殿は首を横にふり、瑞に向かって
「殺された藤原鬼矢の本当の名前は何ですか?」
えぇ?!別人なの?と驚いていると瑞は
「茜丸と言います。実家にいたころ、我が家の使用人でした。私たちは幼いころから一緒に育ったのです。」
「恋人関係になったんですね?」
「はい、十五で養女に行く前に、将来は結婚しようと誓いあっていたのです。」
はぁ?何?じゃあ藤原鬼矢と藤原銀矢って誰?今どこにいるの?と疑問だらけになってるところで若殿は
「あなたが実家から今の家に養女に入ったあと、茜丸は藤原銀矢の従者になり、xx国に一緒についていき、そこからあなたにあてて藤原銀矢の名を騙って恋文を出し続けていたんですね?」
「・・・はい。彼はただ、自分が藤原銀矢様のように出世し栄華を極めたフリをしたかっただけです。他意はなかったと思います。」
若殿が訝し気に
「それはどうでしょうか?茜丸は藤原銀矢の死後、帰京する藤原鬼矢を殺し、藤原鬼矢になりすまして藤原銀矢の財産を奪い取った。そして藤原鬼矢としてあなたの前に現れたので、あなたは卒倒するほど驚いたんでしょう?」
瑞の沈黙は肯定をあらわしているようだった。
私が
「藤原銀矢が生きている間から名を騙って瑞に文を出していたなら、流行り病と見せかけて藤原銀矢を殺したのも茜丸かもしれませんよね?秋津丸の様子がおかしかったですし。」
と何気なく言うと、若殿は
「確かに、茜丸が藤原銀矢も殺した可能性もあるし、逆もある。藤原銀矢の病死により帰京する際、藤原鬼矢が自然死したので藤原鬼矢のフリをした可能性もある。赴任先の付き合いのある人間に詳しく聞いてみないと分からないが。
とにかく都の屋敷では秋津丸は藤原鬼矢の顔を知っているから買収する必要があった。秋津丸は生活のために買収されたものの、『あいつ』と呼び主とは認めていなかったようだし、仕方なく現状を受け入れていたんだろう。」
私はビシッと
「じゃあ誰が藤原鬼矢を名乗る茜丸を殺したんですか?結局?!誰にも動機がないでしょう?」
若殿がニヤリとして
「一人だけ動機があり、実行力もある人間がいる。それは秋津丸の息子・糸丸だ。」
「たしか幼いころ藤原鬼矢と藤原銀矢と遊び友達だった・・・からですか?」
「そうだ。秋津丸は生活のため茜丸のなりすましを承諾し、銭を受け取ったが糸丸は友人・藤原鬼矢を殺したかもしれない茜丸を許せるはずはなかった。少し話せば殺意が芽生えるほどの怒りが生じてもおかしくないだろう。」
御簾の奥で瑞が泣き崩れた気配がし
「うっ・・・ぅうっ・・・・。茜丸は実現できないような大きいことを言うのが好きな人でした。いつか出世して栄華を極め、大金を手にし、私を幸せにすると夢みたいに語っていました。貴族の身分を手に入れれば、私と堂々と一緒になれると。」
目的達成のためにはどんな手段を使ってもいいと考える、道徳的にユルい人だったのね。
若殿は自分の推理を弾正台に話し調査は任せたが、その後の調べで糸丸は自供した。
糸丸は茜丸が幼馴染の藤原鬼矢に成りすまして、クズな振舞をして藤原鬼矢の名を貶めていることが耐えられなかったらしい。
糸丸が問いただすと、茜丸は『藤原鬼矢も藤原銀矢も、誰も殺していない』と言ったらしいがそれはどうかな?
もし、藤原鬼矢も藤原銀矢と同じ病に倒れて死んだのなら、茜丸は藤原鬼矢に成りすました罪だけだが。
そもそも茜丸は藤原銀矢がまだ生きている時点で名を騙って瑞に文を送っているわけだから、藤原銀矢の死因が病かどうかも怪しい。秋津丸も藤原銀矢の死について聞いた時の様子がおかしかったから藤原鬼矢から何か聞いていたのかもしれない。
私は茜丸のような貪欲なある意味、逞しい人間がこの世にはたくさんいるのだろうなと思いつつ若殿に
「茜丸は貪欲でしたけど、もう少しでうまくいくところでしたよね。ちゃんと勤めに励んで、真面目に出世していれば望み通り瑞と結婚できたかもしれないのに、放蕩の限りを尽くし糸丸を怒らせたのが一番の失敗ですよね。」
京外の田んぼでは刈り終えた稲株の静寂の上をスイスイと飛びわたっていたであろう赤とんぼが、都に迷い込んだのか、枯草の先にとまりに身を休めていた。
それを見た若殿が
「幼虫の頃は食欲旺盛で周囲の餌を食い尽くしても、成虫に羽化した途端、液体しか口にしないものが多い中で、貪欲に他の虫を一生喰らい続ける蜻蛉のような虫もこの世にはたくさんいるからな。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
蝶とかカブトムシとか幼虫と成虫の形が違う完全変態の虫は大人になると水とか蜜とか食べないとかの小食になって食性が変化するようですが、コオロギとかトンボなどの不完全変態の虫は一生貪欲?な気がします。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。