貪欲の秋茜(どんよくのあきあかね) その4
次に若殿は藤原鬼矢の屋敷で使用人たちに話を聞くことにした。
侍所の下人は
「俺たちほとんどの使用人は半年前に雇われたばかりで主の藤原鬼矢様について何も知らないんだ。藤原鬼矢様をよく知っているのはxx国への赴任前からこの屋敷にいる使用人頭の秋津丸だけだよ。」
藤原鬼矢と藤原銀矢は両親も子供もいないので、xx国への赴任前には使用人頭だけをこの屋敷に残し管理させ他の使用人は解雇し、半年前に藤原鬼矢が戻った時に新たに雇い入れたという事だった。
私は
「じゃあ秋津丸に話を聞かないと瑞が藤原銀矢について嘘をついてるかどうかもわかりませんね?」
ときくと、若殿はウンと頷いた。
藤原鬼矢の死後の片づけや少ないとはいえ交友関係への連絡などで忙しそうな使用人頭秋津丸を侍所に呼び出してもらって話を聞いた。
秋津丸は禿げ上がった上に白髪になった六十近くの男で、いつも眉間にしわを寄せているのが不機嫌そうな印象の男だった。
若殿は
「藤原鬼矢と藤原銀矢はどんな兄弟でしたか?仲は良かったですか?」
秋津丸は意外なことを聞くな?という顔で
「大変仲のよい、いい人たちでした。とくに藤原銀矢様は仕事のできる人でして、xx国司に任命されたときはまだ二十七でした。ご両親が早くに亡くなり、後ろ盾がないまま内舎人から実力を発揮しトントン拍子の出世であんなに早く栄華をつかんだのです。
それにくらべてあいつはもう二十七だというのに、藤原銀矢様の財産を食いつぶして博打や女にふける毎日。クズですよあれは。死んだ人間を悪く言いたくはないですがね。私の息子の糸丸がね昔は藤原鬼矢様や藤原銀矢様と一緒に遊んだものですがね、賭博場で用心棒をしてるんですが、毎日あいつを見かけると言ってます。」
兄弟とはいっても全然違うのは当たり前だけどね。
「瑞という姫が藤原銀矢と恋仲で結婚する予定だったのは確かですか?」
秋津丸は怪訝な顔をし
「いいえ。聞いたことがありませんな。藤原銀矢様は、まだ京にいるときに恋人は何人かいましたが宮中の女房などの遊び相手で、将来を誓う恋人はいなかったように思います。」
・・・でも女性関係は隠してる可能性もあるし、老人である秋津丸に藤原銀矢が全てを話してるとは思えないし。
「藤原鬼矢は兄について赴任先へ一緒に行ったんですよね?そんなに仲が良かったんですか?」
「はい。藤原鬼矢様は藤原銀矢様がいないと何もできないくらい兄君に頼りきりだったんですよ。」
「藤原銀矢が一年前、流行り病で亡くなったのは確かですか?」
秋津丸は明らかにビクッとしたように見えたが
「そ、そうらしいですな。私は藤原鬼矢様からの文でそのことを知っただけですので、詳しい状況はわからないのです。」
若殿は思い出したように
「藤原鬼矢を恨んでいる相手に心当たりはありますか?」
と本来の質問をし、秋津丸が口早に
「いいえ!あいつはクズですが、賭博の金払いはよかったし、女にもあちこちに恋文を送ったりと手は速いようですが無理強いすることはなかったので恨まれることはしてないと思いますが。」
と主に向かって堂々と『クズ』と言い張るところは気持ちいいぐらいだがちょっと藤原鬼矢が可哀想。
しかし、使用人に女性関係の詳細を把握されるって、プライバシーもあったもんじゃないけど、恋文を使用人に届けさせて関係を作るという現代常識上、仕方ないのかな?
若殿が
「殺された藤原鬼矢の残した財産はどうなりますか?」
秋津丸はまた険しい顔をして
「藤原銀矢様が残した財産も賭博と女につぎ込んでもう残りも少なかったはずですが、遠縁の貴族が引き継ぐんじゃないですかね?我々使用人には給料に色を付けてくれるぐらいでしょう。」
とため息をついた。
金銭目当てで使用人が藤原鬼矢を殺したわけではなさそう。
さて、ここまでの情報で若殿は一人、納得顔でウンウンと頷き、合点のいく推理を組み立てたようだが、私にはチンプンカンプンで五里霧中。
一体、誰が、なぜ、藤原鬼矢を殺したの?
(その5へつづく)