貪欲の秋茜(どんよくのあきあかね) その3
数日後の朝、瑞の屋敷近くの小路で藤原鬼矢が死体となって発見された。
晩秋の枯草がまばらに生える心寂しい小路の片隅に既に冷たくなった状態で見つかったという。
若殿は早速調査に乗り出した。誰にも頼まれてないけど。
私ももちろんピッタリくっついて調査の動向を見守る。
若殿が藤原鬼矢の死亡を知った時にはすでに死体は片付けられていたので、死因は死体を片付けた役人の報告書にある『殴打され、首を絞められた』という事しかわからなかった。
死体に残された、多数の打撲痕と首に残る指の痕は犯人の強い恨みを示していた。
若殿はその日のうちに、まず瑞に話を聞くことにし、御簾越しに対面した瑞に向かって
「藤原鬼矢が今朝、この近くの小路で死んでいたことは聞きましたね?」
瑞は間を置き、言おうかどうかを躊躇ったように
「・・・はい。実は、昨日の夜、藤原鬼矢は私を訪ねてきて、恋人になるように迫りました。」
自分から不利になるような証言をするとは、藤原鬼矢と会ったことが後でバレて疑われないように先手を打ったのかな?
「藤原鬼矢は藤原銀矢の弟だと知っていましたか?」
「昨日、藤原鬼矢から聞きました。」
若殿が無表情に
「それであなたは断ったんですね?」
「・・・はい。弟で藤原銀矢に似ていても別人ですし、初めて会った方に迫られてすぐに承諾する女など、どこにもいませんでしょう?」
と語尾に力を込めて瑞が答えた。
確かに瑞が藤原鬼矢を嫌がったからといって何も危害を加えられてないうちに藤原鬼矢を殺すとは考えられない・・・・まてよ、瑞は藤原鬼矢に『危害を加えられて身の危険を感じた』ので人を使って殺したとも考えられる。
昨日の夜、瑞と藤原鬼矢の間に何かあったのかを知るには瑞の侍女にでも話を聞かないと分からない!と思っていると若殿が侍女に話を聞けるようにと瑞に頼んだ。
瑞の侍女を呼び出してもらい、侍所で話を聞く。
若殿が
「瑞は藤原鬼矢に恋人になるよう迫られて、断ったと聞きましたが、それ以外に何か変わったことがありましたか?」
侍女はよく考えもせず平然と
「いいえ。何もありませんでしたわ。」
と拍子抜けな事を言うので、若殿がちょっと焦って
「よく考えてください。では、思い出せる限り会話を思い出してみてください!」
と必死で頼むと侍女はチッと舌打ちしそうなくらいめんどくさそうに若殿をみて眉根を寄せ思い出そうとし
「ええと・・・・まず主が
『今さらわたくしに何の用ですか?』
『俺にはやっぱりお前しかいないんだ。もう一度チャンスをくれ!見てくれ!立派になった俺を!』
『あなたは信用できません。どんな手を使ったんだか。付き合うなんて考えられないわ。帰って!』
『俺は一生諦めないからな!』
というようなやり取りだったと思います。」
何もないだって?!以前からの関係を匂わす会話じゃないの?以前からの知り合いなら故人・藤原銀矢だと思って藤原鬼矢を見て驚いたという瑞の証言はどうなるの嘘なの?
とワケが分からない。
でも今の会話で藤原鬼矢を殺すほどの恨みを瑞が持ってるようにはみえない。
若殿は侍女に
「瑞がxx国の国司・藤原銀矢と恋仲だったのは本当ですか?」
侍女は思い出そうとし
「そうです。藤原銀矢様から主にあてた文を盗み見したことがあります。『国司の財力で必ずお前を幸せにする』と書いてありました。」
「文の送り主に藤原銀矢と書いてありましたか?」
「ええ。そうです。ちゃんと見ました。」
それなら瑞は藤原銀矢と恋仲でかつ藤原鬼矢とも関係を持ってたという事か。
見た目のわりには男性関係の派手な人。
若殿が何かを思いついたように侍女に
「もしかして瑞は以前は別の場所に住んでいたのではないですか?」
侍女はビックリして
「あら!よく知ってますわね!実は主はここへ十年前、十五のときに養女に来たのです。瑞様の義父君は実の父君の兄でして、子供がないから養女にもらわれたのです。」
(その4へつづく)