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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫89

 見晴らしのいい平地。この場所は数日前までは街だった。

 人々が行き交い、活気にあふれる。心優しい領主と温厚な住民たち。他の土地とは離れた場所にあるせいで流通は良くない。決して裕福とは言える場所ではなかった。しかし恵まれた気候と土地のおかげで慎ましいながらも、平和な日常が送られていた。

 

 だが、その場所はもうない。曇天の元に広がるのは瓦礫の山。動物たちが死体を食い荒らし、蝿が飛び交う。生ぬるい風に乗って悪臭が鼻腔をくすぐる。人より敏感な五感を持つルルフには耐え難い状況だった。


 「酷いな」


 隣に立つ無精髭の男が言葉を溢す。

 辺境の国が壊滅の危機に直面している。各地に送られた応援要請を受け、その中で1番近いルルフの国が応援に向かった。

 何かあっても自分たちの国で解決しなければならない。辺境の国なら尚更だ。多少は自国で対応してくれているはず。しかし第1部隊を待っていたのは地獄と成り果てた結果だった。


 ルルフの隣に立つリドム隊長が僅かに動揺を見せる。本来、隊長は隊員たちの精神的な支えでなくてはいけない。

 色黒の肌とサイドを刈り上げたオールバックが醸し出す圧倒的な迫力。落ち着いた瞳と的確な指示を出す冷静さ。次期聖騎士団長に最も近いと言われる彼にその素質がないはずがない。しかし、手遅れとなった目の前の景色につい立場を忘れてしまったのだろう。


 ルルフが声をかけようとしたその瞬間、リドム隊長がゆっくりと振り返る。あっけにとられる隊員たちの顔が緊張で上書きされた。


 「諸君! ただ今より作戦を援護から救助に変更する。また敵が近くにいる可能性もあるので、周囲に気をつけながら作業に取り組むように。以上!」


 そう告げると隊員たちは一斉に瓦礫の山に向かった。

 瓦礫同士がぶつかり合う硬い音に混じり時々水っぽい音が聞こえる。聖騎士団に所属しているならば、死体との対面は避けられない。ただこれほどまでに凄惨な現場に遭遇したことがないのか、所々から情けない声が聞こえた。


 「ルルフ副隊長。周囲に敵らしき存在は感じるか?」


 「今のところはないのだ。ルルフ的には魔女の仕業だと思うのだ」


 「……カルネドか。確かにこの付近で目撃情報はあったな」


 カルネド。時に人を救い、時に厄災をもたらす最強で最凶の魔女。謎多き存在だが彼女の手にかかれば、この光景は容易に作れるだろう。

 

 何か意図があったのか。それともただの気まぐれか。これで終わりなのか。ほんとにカルネドがやったのか。思考する内容まだある。

 しかし五感から入る情報が脳の容量を一緒にして埋め尽くす。


 下半身を瓦礫に潰されて食い荒らされた遺体。あまりの光景に顔を青くし吐く隊員。絶え間なく鼓膜を震わせる甲冑と瓦礫の音。瓦礫をひっくり返すたびに、解き放たれる死臭と胃液の匂いが入り混じる。呼吸するだけで口の中が酸っぱくなった。


 魔力の流れまで知覚できる五感とそれに伴う共感力。スキルなんて大層な名前がついているが『第六感』の正体はこれだ。


 悲鳴、痛み、苦しみ、嫌悪、復讐心。おそらく惨劇の際に存在した感情なのだろう。黒く重く、粘り気のある感情が小さな体にのしかかる。熱くなる脳と倦怠感。少しでも情報を制限するために、ルルフは目を閉じ自身の呼吸に集中した。


 自分を守るための行動。それが失敗だった。


 「ぐっ!」


 うめき声とともに水滴が叩き付けられる音がした。目を開けると顔の右半分を手で押さえるリドム隊長とナイフを持つオレンジ髪の少年がいた。

 汚れまみれの服の下から見えるおびただしいほどのアザ。ぼさぼさの髪で分からないが顔にもアザが見える。リドム隊長を斬りつけたのはこの少年で間違いない。

 他の隊員は目の前の作業に専念していた。ルルフも周囲の索敵を中断していた。

 油断していなかったと言えば嘘になる。それでも隊長に傷を負わせるほど生ぬるい部隊ではなかったはずだ。


 でも、一体どうやって?


 動揺と困惑が行動を遅らせる。周囲を取り囲み攻撃態勢に移ったその瞬間、全員の目の前で少年の姿が消えた。


 すでに辺りは聖騎士団によって囲まれている。姿は見えなくても実体がなくなるわけではない。人で出来た闘技場でルルフは『第六感』を頼った。


 両者動きを見せないまま、時間だけが過ぎる。戦い方は間違っていない。闇雲に攻撃するよりルルフの第六感で敵の位置を探り攻撃する。これが最善策のはずだと、その場の人間たちは思ったのだろう。

 しかし闘技場を作っているのは人間だ。

 怯える彼らの感情がモヤのように広がり、魔力の流れを見えにくくさせる。


 人間はいつも邪魔をして、都合の悪いことを誰かのせいにする。


 不安が苛立ちに変わり、怒りや軽蔑へと進化を遂げる。慣れたはずの負の感情がルルフを自暴自棄にさせた。 

 一度目を閉じ息を吐く。そして一気に息を吸い込み目を見開いた。呼吸を止め全ての感覚を鋭敏にする。


 乾いた大地に注いだ水の如く、全ての情報がルルフの脳に吸収されていく。大量に取り込んだはずの酸素を一瞬にして使い切り、体が次の酸素を求める。

 

 だがそれはルルフにとって些細なことだった。

 体が熱くなり耳鳴りがする。目が霞み始め、いよいよ限界を迎えた頃に微かな魔力の流れを見つけた。


 人間離れした脚力で前に飛び出し、透明な敵に蹴りを入れる。

 鼻が折れる感触が繊細に伝わった。多少の罪悪感を感じつつも蹴り飛ばし、その場に倒れる。

 瓦礫の山に見える土煙。敵を倒した達成感に緊張の糸が切れた。吠えるような呼吸を繰り返し、不足した酸素を取り込む。


 瓦礫の山に頂つけられ、気を失っただったのだろう。消えていた姿が明らかになる。汚れた服。ボサボサになったオレンジ色の髪。

 そして()()()()()()


 団長を刺した相手はもう少し背が大きい少年のはず。しかし目の前にいるのは髪の長い少女だった。


 「ナリ!」


 近くから声が聞こえた。見上げるとナイフを手に持った少年が立っている。血のついたナイフにアザだらけの体。リドム隊長を攻撃したのは間違いなくこの少年だった。

 

 「……お前」


 ゆっくりと視線を下ろし手をかざす。そのまま憎しみに満ちた表情で魔方陣を展開した。

 ルルフを殺すために展開された魔法陣。大人の手のひら程度の魔法陣がルルフを囲うように球状に展開されている。その一つ一つに膨大な魔力が込められているのは容易に想像できた。

 限界まで力を使ったルルフに対抗する術は無い。


 おとなしく目をつぶる。隊長に恩返ししきれなかった後悔とともに地に帰る。そのはずだった。


 ドサッ


 誰かが倒れる音がした。目を開けて自身の体を確認する。幸い目立った外傷はない。その代わり地面に先ほどの少年が転がっていた。


 「ご苦労。よくやった」


 見上げるとリドム隊長が手を差し伸べていた。

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