史上最強の眠り姫81
ステンドグラスから光が斜めに差し込む。温かく優しい光なのに、立ち込める重い空気に勝つことはない。
美しい彫刻がされた大きな柱、ドーム状の高い天井に幾何学模様が描かれた大理石の床。そこに集まった肩に赤いラインが引かれた甲冑を身にまとう隊員たち。
以前に比べて人数は少ないが、その分1人1人の威圧感が鮮明に感じる。
無事入隊試験を合格した私たちは再び聖堂に呼ばれた。
この感じいつぶりだろ。正直ここにはあまりいい思い出がない。
最初の入団ではメレアがみんなに喧嘩を売るし、聖騎士団長に攻撃を仕掛けるしで大変だった。メレアはもちろん私も他の隊とすれ違うたびに睨まれる。しばらくは生きた心地がしなかった。
でも今日は大丈夫なはず。普通にしていれば何もないから。
「注目!」
聖堂に響くナリ副隊長の凛とした声。整列している隊員の表情が一層引き締まる。
「本日より我が第1部隊に入隊する隊員を紹介する! 2人とも前に」
ナリ副隊長が袖に待機していた私たちに軽く視線をやる。その瞬間、一斉に隊員たちの注目が集まった。
目線を下にしても隊員たちの視線から逃げる事は出来ない。頭が熱くなり、どうすればいいか分からなくなる。ゴクリと飲む唾の音ですら耳障りだ。
こんな空気の中歩きたくない。でも早く動かないと怒られるし……
躊躇しながらも慎重に一歩目を踏み出した。精一杯殺したはずの足音が嘘みたいに聖堂に響く。見ないようにしても全員の視線が私たちに向けられているのが嫌というほど分かる。
ナリ副隊長のいる位置より少し手前に立ち止まる。そして覚悟を決めて顔を上げた。
どこを見ても視線が合う。大きく開かれた無機質な瞳からは感情が読めない。まるで人形を相手している感覚だった。
散々目を泳がせた結果、私は再び足元に視線をやる。
針のような視線は変わらない。それでも、目を合わさないだけで心がずいぶん軽くなった。
「知っている奴もいると思うが元特殊部隊のネムとサーラだ。諸事情により一時的に避難していたが、こうして無事戻ってくることが出来た。本日より2人には第1部隊の隊員として精進してもらう」
彼らを見渡しながら淡々と説明を続けていく。
確かに嘘は言ってない。疑いをかけてしまい奥地へと避難していた。ただ、それは切り取った一部に過ぎない。
全部とある聖騎士団員の改ざんが招いた結果だ。身内の失態を蒸し返したくないから言わないのか、限られた団員しか知らないから言えないのか。いずれにせよ不信感は積もるばかりだ。
複雑な感情のまま彼女の話を聞く。今日の目標は波風を立たせないことだ。抵抗をしたところで私たちの味方が増えるわけではないのだから。
ガチャン!
諦めて感情を抑える私。その集中を遮るように隣で金属の重い音がした。
普段なら何気ない雑音として処理されたのだろう。しかしナリ副隊長の声しか響かない静かな聖堂の中では、全員の注目を集めるには充分過ぎる音だった。
周りにつられるように隣を見る。
さっきまで姿勢良く立っていたサーラが片足を半歩下げている。目は泳ぎ、呼吸も浅い。少しだけ開いた唇は止まることなく震え続ける。
「……大丈夫?」
そっと声をかける。覗き込んだサーラの顔は冷や汗までかき出していた。すぐに駆け寄り、背中に手を添える。
勝手な行動が禁止されているのは分かっている。それでも明らかに様子がおかしいサーラを見て見ぬふりは出来なかった。
「誰か――」
助けを求めようと顔を上げる。その瞬間サーラの容体がおかしくなった原因が分かった。
私たちを見つめる大量の目。無機質な視線はなく憎悪と軽蔑が混ざった負の感情に染まっていた。
黒く重い殺気が体にのしかかる。助けを求めるために開いた口からは掠れた息が出るだけだった。
「言いたいことがあるのか?」
後方から聞こえる声が追い討ちをかける。出来れば聞こえないフリをしていたかった。だが声をかけられて振り向かないわけには行かない。殺気がのしかかり恐怖に染まった体でゆっくりと後ろを向く。
死を覚悟して顔を上げる。しかし声の主は私たちではなく隊員たちを睨みつけていた。
前を見据えたまま一歩踏み出す。その瞬間、まとわりついていた重い殺気が一瞬にして消えた。静かな聖堂に存在感のある彼女の足音だけが響く。私たちの隣を通り過ぎ隊員たちの前で足を止める。
足音が消え、彼女が話し出すまでに出来た僅かな静寂。その静寂でだけで胃の中の物が込み上げてきそうだった。
「これは決定事項だ。それでも文句がある奴は前に出ろ。私に勝てば事実の改ざんを許可してやろう。聖騎士団は実力主義だからな」
圧倒的な人数差。ナリ副隊長より屈強な男性だって何人もいる。しかし、それらを服従させるには言葉だけで充分だった。
「では本題に戻――」
戦いを持ちかける人間はいないことを理解したナリ副隊長。そのまま話を続けようとした彼女の前に、突如魔法陣が展開された。
「全員、戦闘体制!」
掛け声とともに整列していた第1部隊の隊員たちが一斉に動き出す。
全員が魔法陣から距離をとり扇状に陣形を組んだ。
前衛部隊は剣を抜き、中衛部隊は魔法陣を展開した。そして後衛部隊は全員に付与魔法をかけ聖堂内に結界を張り巡らせる。
たった数秒の間にこれらの行動を行う隊員たち。やはり最強の部隊の名は伊達じゃない。
見惚れる私の腕をサーラが強く引っ張る。すでに静まり返った聖堂に慌ただしい甲冑の音が響いた。
全員が見守る中、魔法陣が強く光を放つ。光の中からゆらりと人影が現れた。
「あ、いたいた。よかったー。集会終わってたら、どうしようって思ってた」
青いボサボサの髪に細く長い手足。甲冑の代わりに纏っているのは、食べこぼしが目立つヨレヨレのシャツだった。靴なんて履いてるわけもなく、裸足のまま大理石の床に立っている。
あくびをしながらお腹をポリポリと掻く姿は、どう見ても寝起きの人だった。
あ、この人って――
名前を思い浮かべるよりも先に、隊員たちの戦闘体制が解除される。
間違いない。この人、第1部隊のダリ隊長だ。
「ダリ隊長、緊急時以外の聖堂内での魔法の使用は禁止されています」
近くにいたナリ副隊長が笑顔で声をかける。もちろん目の奥は笑っていない。
「いいじゃん。どうせ、お前も神なんて信じてないでしょ?」
「そういう問題でなく、規律として――」
「あ、そうだ!」
目元をピクピクさせながら必死に平然を装うナリ副隊長。そんなナリ副隊長の言葉を遮るように振り返り、私たちに近寄る。
「2人に極秘任務を頼みにきた」
「え?」
「ルルフって子供を連れ戻して欲しくってさ。出来そう?」
「あ、はい」
「じゃあ、俺は伝えたから帰――」
手短に任務を伝え転移魔法を展開する。帰ろうとするダリ隊長の首根っこを間一髪でナリ副隊長が掴んだ。
「ナリちゃん? お兄ちゃん痛いんですけど」
「クソ兄、『極秘』って意味分かる?」
「絶対に秘密みたいな意味でしょ?」
「分かってんじゃん。だったら、こんな人が大勢いる中で伝えるのって正しい?」
「いずれ分かるじゃん。なら今言っても――」
「正しいか、正しくないかで聞いてんだよ」
ナリ副隊長の低い囁き声がダリ隊長の余裕のある態度を消す。
「……正しくないです」
「だよね。もうしない?」
「……もうしません」
「なら良し」
そう言って首根っこを離した。すぐに妹から距離を取ったダリ隊長は私たちの後ろに隠れる。
「今の見た? ごめんなー。ルルフ、うちの妹と相性悪くてさ。団長から依頼された時からずっとカリカリしてんの。君たちも怖い時は怖いですって言っていいからね」
「あ、あはは……」
隊長を無視するわけにはいかない。かと言ってナリ副隊長に喧嘩を売るわけにはいかない。何と答えていいか分からず、私には乾いた笑い声を出すことしか出来なかった。
「では、任務の同行はダリ隊長でお願いします」
「え?」
「聖騎士団長に、隊長か副隊長が同行するよう言われていましたからね」
「で、でも俺忙しいし!」
「そうですよね。部屋を汚す仕事がありますよね。ですがダリ隊長の方がお強いですし、何より私はルルフと相性が悪いので」
ナリ副隊長は笑顔のまま目を見開く。そこには隠しきれない殺意が溢れていた。
「……はい」
観念したのか、項垂れるように返事をする。長い髪で顔は見えないけど、きっと悲しそうな顔をしてるんだろう。でもこれは完全に自業自得だ。
「ではネム、サーラ。明日から極秘任務に取り掛かってもらう。長期任務になるので集会後、荷物の準備をするように」
「「はい!」」
凛としたナリ副隊長の命令に、慣れない敬礼をする。
怖さは感じたけど、さっきみたいな怒りの感情は見えなかった。この人ただの怖い人だと思ってたけど、この人も色々苦労してるんだ。
ナリ副隊長への好感度が少し上がったところで、集会は終わりとなった。




