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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫82

 白と灰色のグラデーションが空をどんよりと覆う。雨が降るわけではない。でも日が差すわけでもない。そんな中途半端な天気がずっと続いている。


 踏み均された道をはずれ、草が生い茂る道なき道を今日は進む。

 草むらを掻き分ける音と、甲冑がぶつかり合う音、それに紛れるように男の人のいびきが聞こえてくる。








 遡ること数日前。


 「はい、これよりルルフ確保の任務を開始します」


 青髪の長髪の男がソファーに腰をかけたまま言った。


 絶望しているかのような猫背で定期的にため息を繰り返す。とても今から極秘任務をする人のテンションじゃない。ここまでくると不安より心配が勝つ。


 「あ、あの、質問いいですか?」


 「どうぞ」


 遠慮気味に手を挙げるサーラにダリ隊長はようやく顔を上げた。

 鼻先まで伸びた前髪の隙間から目が覗く。ナリ副隊長みたいに分かりやすい怖さはない。それでも、この人の前で気を抜いてはいけない。そう本能が告げていた。


 「その……ダリ隊長は同行されないのですか?」


 寝巻き姿のダリ隊長。甲冑も着ていなければ、荷物も見当たらない。もっと言えば私たちが部屋に入った時はまだ寝ていた。

 それに任務開始時はいつも聖堂前に集合していたはず。それなのに今回はなぜかダリ隊長の部屋に集合することになっていた。


 今回の任務は隊長か副隊長が同行しないといけない。聖堂での一件で今回同行するのはダリ隊長に決まっていたのに。やる気もないし準備もしていない。私が言えたことじゃないけど、こんなにダラダラしていて大丈夫なのかな。


 「あ、今回俺は同行しないよ」


 「え?」


 「だって遠いじゃん。同行する理由も『ルルフと面識のある人間がいた方が穏便に話が進む』って理由だけだし。ルルフ見つけてから、君らのどっちかに転移すればいいだけじゃん」


 「そうですか……」


 微妙に困惑しつつもサーラは話を続ける。


 「でも、少しは協力していただけるのですよね? 転移魔法でルルフの元に移動させれくれるとか」


 奇遇だ。サーラも同じこと考えていたんだ。


 「それは無理だね。ルルフは魔力の流れに敏感だから。下手に勘付かれて逃げられたら面倒じゃん。基本根性で探しまくって、見つけたら俺が転移魔法でそっちに行くって感じかな」


 結局転移魔法使うなら魔力の流れとか気にしなくていいのに。そもそも最初からルルフの上空にでも転移して、そこから魔法で捕まえれば早いのに。

 本当はそう言いたいけど、さすがに怒られそうな気がした。


 「もう質問ない? だったらネムちゃん、ちょっとこっちに来て」


 一応質問がないか確認したダリ隊長は急に手招きをした。あまりにも脱力した手招きだったので一瞬判断が遅れる。多分声がなかったら理解できていなかったと思う。


 ゆっくりとした速度でダリ隊長に近づく。本音を言うと近づきたくなかった。

 前髪のせいでどこ見てるか分からないし、全体的に不気味だ。


 この感じ前にもあったような……どこだっけ?


 「はい、じゃあ腕出して」


 ソファーに触れられる位置まで来たところで次の指示が来た。慎重に左手腕を差し出すと、ダリ隊長は私の腕を掴んだ。


 「ひっ!」


 反射的に腕を引っ込め、すぐさま後退りしてしまう。甲冑を付けていても、恐怖を防ぐことは出来ない。


 ……しまった。この人、一応隊長だった。怒らせたかな? 謝った方がいいよね? でも、いきなり腕を掴む方が悪い気もするんだけど。


 触れられた腕を庇いながらダリ隊長を見る。相変わらず前髪のせいで表情が分かりづらい。

 私を見つめたまま無言の時間が流れる。


 この無言辛い……どうしよう。絶対怒ってるよね? とりあえず謝らないと


 「あの、すみま――」


 「おし、魔法陣成功」


 「え?」


 何が何だか分からない私にダリ隊長は自身の左腕を指差した。


 左手腕を見るとさっき掴まれた場所に赤い魔法陣が描かれていた。試しに擦ったり爪で引っ掻いたりしても削れる気配はない。まるで最初から甲冑に印字されているみたいだった。

 掴む前からダリ隊長が魔法陣展開しているようには見えなかった。つまり、私の腕を掴んでから引っ込める僅かな時間で魔法陣を展開し、甲冑に埋め込んだんだ。

 にしても、これ何の魔法陣なんだろう。


 『あー、あー、こんにちは』


 「え? あ、はい……こんにちは」


 ……どうしたんだろう? 今更あいさつ? 和たち部屋に入る前に一応したんだけどな。もしかしたら、寝てたから聞こえてなかったとか?


 「……ネムさん、今ダリ隊長は口を動かしていません」


 「え? でも今声が――」


 「声が聞こえたのはそこからです」


 私の斜め後ろに立つサーラが驚きつつもゆっくりと魔法陣を指差す。


 「え? この魔法陣から?」


 「はい。おそらくテレパシー魔法の一種かと」


 『正解! 俺が脳内で喋った言葉は君たちに、君たちが喋った言葉は俺の脳内に届くってわけよ』


 そう得意げな声が魔法陣から聞こえる。サーラの言った通り、ダリ隊長は一切口を動かしていない。


 『今回は同行しないからこれで報告し合う感じになる。ちなみに効果範囲は知らないから頑張って』


 「へ?」


 無責任な言葉に間抜けな声が漏れてしまう。


 効果範囲は知らない……ってことは仮にルルフを見つけても、効果範囲外だったら報告すら出来ないのか。


 最悪の場合、見つけてから1回効果範囲まで戻って、もう1回ルルフを見つける必要がある。置き物じゃあるまいし、その場から動かないなんてことはあり得ない。

 短時間の間に2度も運を使わないといけないなんて。そんな豪運、私にはない。


 『大丈夫。これ使ってて困ったこと俺はないから』








 『困ったこと()()()()』まさにその通りだ。


 左腕から流れる支離滅裂な言葉の羅列。

 のどかな草原だろうが、険しい岩山だろうが、月明かりが綺麗な夜だろうが、魔物との戦いの最中だろうが関係ない。


 最初は2人して面白がっていたのに、今となっては何も言わない。反応するのに疲れてしまった。


 途中で仕返しをしてやろうかとも思った。

 でも相手は隊長。私の理想の生活を手に入れている人に喧嘩を売るのは良くない。ほんのちょっとした出来心が大きな失態を招く。私は私の理想のためには妥協しない。


 その強い意志も、そろそろ折れかかってきた。


 「サーラ、これ捨てていいかな?」


 「頑張ってください。あの林を抜けた先が目撃情報のあった場所です」


 振り返ったサーラが明るい顔で前を指差す。その顔には演技では隠しきれない疲れがあった。


 「3日前にも同じセリフ聞いたんだけど?」


 「それは……すみません。私も目撃情報があった場所を辿っているだけなので」


 表情が一変して申し訳なさそうに謝るサーラ。

 無理に明るく振る舞うサーラに対して怒りをぶつけることしか出来ない私に腹が立つ。


 「ごめん、今の八つ当たりだ。サーラは悪くない」


 「気になさらないでください。ですが、次が最後の目撃情報があった場所です。これで見つからなければ一旦帰れるかも知れません!」


 「本当⁈ よし、やる気出てきた! 行こ、サーラ!」


 『帰れる』という言葉に反応し、目を大きく開く。すっきりしない空の下、再び足を進めた。

 

 我ながらなんと単純なのだろう。自分の思考回路に呆れつつも、私はそんな私を憎めないでいた。

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