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史上最強の眠り姫  作者: 栗尾りお
第2章
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史上最強の眠り姫70

 優しい光に包まれたロッジ。変わることのない明るさは時の流れを鈍らせる。

 落ち着いた空間に幾度となく笑い声が響く。それは皿の上のクッキーがなくなってからも変わることはなかった。


 疲労が溜まった体には癒しの時間は瞬く間に過ぎる。それを自覚させたのはクッキーで満たされたはずの私の小腹だった。

 少しでも紛らせようとカップに手を伸ばす。しかし持ち上げたカップの中身は空だった。


 「もうポットの中もないか。ごめんおかわり用意するね」


 私の様子を見て、ポットを持ち上げるも重さに違和感があったのか中を確認する。案の定、空になっていた中身を見てすぐに次の紅茶の準備に取り掛かろうと立ち上がった。


 「だ、大丈夫です! これ以上お世話になるわけにはいきませんから! それにまだ荷解きがありますし!」


 「あ、ごめん! つい楽しくて長いこと付き合わせちゃったね」


 「いいえ、私たちも楽しかったです。逆にこちらこそ時間を奪ってすみません」


 「大丈夫だから」


 慌てて上がる私にギラルさんは優しく微笑む。滲み出る優しい雰囲気に肩の力がスッと抜けた。


 「さてと――」


 鼻歌交じりに手のひらを近くの壁に向ける。すると、何の変哲もない木の壁に黒い穴ができた。

 穴は次第に大きくなり、その角に見覚えのある景色を映し出す。


 「……これって」


 「そう、城の中だよ」


 勢いよく立ち上がり空間から顔を出す。誰もいない廊下。耳を澄ますと訓練をしている聖騎士団らしき声が聞こえる。


 穴を跨ぐように片足を上げ、つま先をそっと廊下につけた。


 予想通りの感触なのに一瞬足を引っ込める。そして2度3度と感触を確かめてから思いっきり飛び出した。


 隅々まで清掃が行き届いた廊下で足踏みをする。

 隠れ家ではいくら掃除しても取れない汚れはあったし、どれだけ慎重に歩いても床が軋まないことはなかった。


 前まで何も感じていなかった偉大さを改めて感じ、狂ったように跳ね回る。きっと今の知能はその辺の魔物と同じくらいのはずだ。


 「ネムさん! 荷物忘れてます!」


 「あ、ごめん。ついテンション上がって」


 「あははっ! 雪が積もった時みたいな反応するね」


 知能を人間に戻し穴から出てきた2人の元に近寄る。そして硬い表情に戻ったサーラから荷物を受け取った。


 「喜んでもらえて良かったよ。でも、これで終わりじゃないよ」


 私の横を通り過ぎ、近くの扉の前で振り返る。そして得意げに親指で扉を差した。

 

 もしかして、私たちの生活部屋?


 小走りで駆け寄りノブに手を掛ける。サビのない金属のノブに重厚感あふれる木の扉。扉が歪んでいない。ただそれだけの事実で私の心はすでに満たされつつあった。


 「いくよ! せーのっ!」


 必要のない掛け声をかけて、1人で扉を開ける。扉を開けた瞬間、廊下とはまた違う空気が私の周りを駆け抜けた。


 日の光を存分に取り込める大きな窓。それに並行するように大きなベットが2つ横に並んでいる。

 ベッドの間には小さめの棚とその上にお洒落な照明。向かいの壁には湖が描かれた大きな絵画が飾られ、近くにテーブルとソファーが置かれていた。


 その他にも色々な家具が備えられていて、正直重い荷物を運ぶ必要はなかったと思えるほどだった。


 「じゃあ僕はそろそろ訓練に戻るから。そのうちナリ副隊長が来ると思うからそれまではゆっくりしてて」


 そう言葉を残してギラルさんは部屋を出る。扉が閉まった瞬間、私はすぐに回れ右をした。


 ここまで歩いてきた肉体的疲労にルクスに絡まれた精神的疲労。クッキーで回復したつもりになっていたけど、私の体はまだまだ回復を求めていた。

 そんな時に現れた最上級のベッド。こんなのを目の前にしてダイブしないなんて失礼だ。


 「私窓際の方のベッドでいい?」


 「大丈夫ですよ。調()()()のは私がやりますから」


 いつも通りの笑みで淡々と告げられた言葉。些細な違和感が高揚していた気持ちにブレーキをかけた。

 失速していく気分を維持させようと笑顔を保つ。しかし、自分でも違和感を感じるほど、それは純粋な笑顔ではなかった。


 「えっと……何の話?」


 「変な魔道具が仕掛けられているか分かりませんから」


 そっか。サーラはまだ警戒しているんだ。

 確かに一度は私たちを敵と見なした相手が用意した部屋。やけに豪華すぎるし、死角の多い家具もたくさんある。

 サーラにとっては部屋だけじゃなく、この城全てが罠に思えるんだろう。


 廊下に出てきた時から表情が一変したのはそういう理由か。私としては考えすぎな気もするけど。


 「……あ、うん! その事ね。大丈夫、分かってた。ほら、幽体離脱したら壁とかすり抜けられるでしょ?」


 「なるほど! だから真っ先にベッドに向かったのですね。すみません。てっきり寝たいだけかと」


 咄嗟に出た嘘に疑うことなく、素直に謝った。その素直さに心がチクリと痛む。


 サーラは自分のベッドを片手で持ち上げる。ベッドの裏やちょっとした隙間に変なものはないか確認し始めた。


 そんなサーラを横目にベッドにダイブする。

 跳ね返すような弾力と次第に包み込んでくれるようなふかふかさ。お日様の優しい匂いに早くも体が言うことを聞かなくなる。このまま沈むように眠れたら――


 睡眠魔法を使えばしばらくの間幽体離脱できる。一定時間が過ぎると吸い込まれるように元の体に戻され、そのまま夢の中へ連れて行かれる。


 これでも寝ることはできるけど、これじゃ現実と夢の間をさまよう、あの感覚を味わえない。

 ましてや、今ここにある最上級の環境で睡眠魔法を使うなんて。

 例えるなら高級食材をわざと濃い味付けで料理してしまうみたいな、そんな感じだ。でも大切な仲間のためだし……でも、やっぱり……


 散々迷った結果、私は睡眠魔法を発動した。


 魔法陣が展開したすぐ後に、弾かれるように外に出る私の意識。すやすや寝る本体の隣を通り抜けベッドの下を確認しにいく。

 わずかな隙間から差し込む光を頼りに目を凝らす。


 幽体離脱をしていても暗い所が見えるわけじゃないし、指一本も入らない空間を確認できるわけがない。

 「よく分からないけど多分何もなかった」という調査結果を出し、ネム調査隊は浮上した。


 ひと息つきつつ部屋を見渡す。するとサーラが必死にいろんな場所を確認していた。

 テーブルの下やソファーの下。棚の中に額縁の裏。挙げ句の果てには壁をノックしまくり、壁の厚さまで確認し始める。もちろん、その表情は真剣だ。


 慎重なのはいいことだ。ただ、このままではサーラが先に潰れる。


 とりあえず納得がいくまで調べさせる? でも今日何も見つからなくても、明日以降に何も仕掛けられている可能性はある。

 来る日も来る日も全てを疑って全て調べる。そんな不安と警戒に染まりきったサーラを見るなんて嫌だ。


 私のスキルは無敵だ。数々の剣も魔法も寝てる間は防ぐことが出来る。けど先の見えない友達の不安すら消せない。1番近くにいるのに何も出来ないほど無力なスキルだ。だったら


 『起床魔法』


 魔力切れを起こせば本当の眠りにつける。しばらく待てばその時間を迎える体に魔法を発動した。

 ゆっくりと目を開けた私は二度寝の誘惑にに負けそうになりつつ体を起こす。そしてベッドから降り、全力で持ち上げた。


 「おりゃぁ!」


 「……ネムさん?」


 「サーラ、見て! 下に何かある⁈」


 「そこは自分で確認したのでは?」


 「見たけど分かんなかった! それより早く! 指が!」


 「は、はい!」


 のけぞって顔を真っ赤にする私を見てサーラは慌てて駆け寄る。

 ほんの少しの隙間からベッドの下を覗き込むサーラ。しかし何も見つからなかったのか、「大丈夫です」と残念そうに告げた。


 「いやー、重かったー。見て、指真っ赤! でも、これで全部確認できたんじゃない? そろそろ休憩しよ。パンだってまだ食べてないし」


 「いえ、この両隣と上下の部屋も。あと入れる部屋は確認したいので」


 笑わせようと両指を見せるも、サーラは服についた汚れを払うだけだった。

 いつも通りの口調にいつも通りの態度。ただ私を見ていないだけで、凄く距離を感じる。


 「でも休憩は大事だよ」


 「休憩ならギラルさんの所でしました。疲れたならネムさんだけでも。これは私の自己満足なので」


 「……サーラ」


 「……分かりました。休憩はします。ネムさんは先に始めててください。私は行く所があるので」


 そう言ってこっちを見ることなく部屋を出ようとするサーラ。


 ダメだ。笑わせようと私なりに頑張ったのに。私の作戦は失敗に終わった。

 変に作戦を立てても意味がない。私は私らしく正面から気持ちを伝えないと。


 「……私って頼りない?」


 部屋を出ようとするサーラの前に立ち塞がる。顔を上げた視線がようやくサーラと合った。


 「私バカだし、運動できないし、すぐ楽するし、決めた事もあんまり守らないけど……」


 「ネムさん? そこまで自分を卑下しなくても」


 「だけど心配くらいさせてよ! 友達じゃん! 仲間じゃん! 1人で抱え込まないで。私も手伝うからさ!」


 「……て……に……なのですが」


 「ん? なんて言った?」


 「……お手洗いに行くだけなのですが」


 「……そっか。ごめん」


 気まずい空気から逃げるようにサーラは部屋を出た。

 パタンと扉が閉まり足音が遠くなっていく。


 1人になった部屋に訪れた静寂。普段は好きな静寂が消し去りたい記憶を丁寧にフラッシュバックさせる。


 「ぬわぁぁぁ!」


 申し訳なさと恥ずかしさで言葉にならない奇声を発する。それだけじゃ気持ちは収まらず、再度ベッドにダイブした。枕に顔を押し付けたり、足をバタつかせたり、転げ回ったり。


 気持ちが落ち着く頃には髪は盛大に乱れぐったりしていた。

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