表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

幽言部屋 その9

挿絵(By みてみん)


「御堂さんは、401号室の方とはお会いしたことあるんでしょか?」


3つずつ(むね)が並ぶこの団地、中央棟の管理人室で聞き込み終えて、西棟への道すがら。


「いや全然だね。もしかしたら顔くらいは見たことあるのかもしれないけど」

「ブラジル系のお爺ちゃんだっけ? でもあのブアイソ管理人が、204の人たちと親しい人知ってるってちょっと意外ー。あと仕事とか、アメリカに行ったってのも知ってたし」


204の住人は、旅行会社にお勤めしてるアメリカ人の男の人と、ベビーシッターのバイトをしてる中国系の女の人の、まだ若いご夫婦とのこと。4月の頭に仕事の都合で、アメリカへと引っ越した。

401の住人が、親しかったようだから、あとはそちらに聞いてくれ、と、管理人さんから聞けたのは、大体こんなところだった。

一つ加えて言うならば、ネズミ()けを仕掛けていたのは、やっぱり管理人さんだそう。


「仕事とかは、それこそ管理人だからね」

「あー、そっかそーですね。でも、『幽霊だとか事件だとか、変な噂を広めたら、相応の対応はさせてもらうからな』なんて言われちゃったけど、どー聞こっか?」

「あはは、ちょっと似てたかも。でも本当、どうしようかねぇ」


来利ちゃんに復唱されたその条件に、正直なところ困ってしまった。

でも管理人さんの立場なら、そう言いたいのも解ってしまう。


「うんうん例えばこういうのはどうかな。月乃木さんが、弟がお世話になった人を探していて、どうも204の前の住人がそれらしいけど、確証がないしとは言え本人に確認できないから、その二人を知ってる人に話を聞いて調べてる、とか」

「あやや、わ、わたしがですか?」


そんな芝居を打つのには、(いささ)か自信が持てなくて、すがる気持ちのそのままに、来利ちゃんの方を向く。


「んー、そーゆーのなら、アタシの方がいーかなー。ホントに弟いますし」


小胆(しょうたん)なわたしの瞳を受け止めて、ウィンクを返す来利ちゃん。

御堂さんはその様子に得心(とくしん)がいったよう。


「うんうん成程、確かに富良永さんってお姉さんっぽいもんね。で、じゃ、お世話になったって部分の内容詰めとかないとね。一回僕の部屋にもどろっか?」

「あ、先戻っててください。アタシたち、せっかくだしちょっとコンビニよってから戻るんでー」

「え、ああ、それなら僕も…」


言いかけた御堂さんを手で制し、来利ちゃんはその手を唇に当てはにかんだ。


「ちょっとお手洗いにも……」


その言葉に戸惑う様子の御堂さん。

なるほど男の人の一人住まいでお手洗いを借りるのは、確かに少し気恥しい。

でもそれを今持ち出すのは、御堂さんを戻す方便。


「あー、ええとじゃあ、僕は戻ってるね」


そういうと、御堂さんは頭を掻きつつ西棟へと歩き出した。


「じゃ、いこっか」


先に進む来利ちゃんに、首をかしげつ、ついていく。



「……どうかしたの?」


閉塞的な団地を抜けて、色とりどりの看板を道の向こうにした辺りで、わたしの方から切り出した。


「んー、今回って、いつもどおりのお値段だよね? 必要経費は?」

「うん、いつも通りだし、経費も御堂さんもちだねぇ」

「なんかさ、御堂さんってバイトの割にお金持ってそうじゃない?」


そういえば、バイトの話を聞いていたっけ。


「うぅん、確かに何だか羽振り良いかも。見積りもほとんど二つ返事だったし」


うちの事務所の料金は、高くはないけど安くもない。切羽詰まっているのでなければ、普通は躊躇(ためら)うような額。


「それに、なんかさー、普通の人じゃないって感じするって言うか……」

「っていうと?」

「んー、アタシのこと覚えてたし、あと自分のこと“僕”って言ってるし、ただのフリーターって感じじゃなくない?」


“先生”の言葉を思い出す。


「あやあや、“僕”って言うのはいいと思うけど……。フリーターって言うのは嘘ってこと?」

「わかんないけどー、ただのフリーターじゃないかもって。それに、依頼の方もウソとかあるかも」

「あやや、うぅん…でも、そだとしたら、ナニモノかなぁ」

「んー、わかんないけど、なんかすっごい色々聞くっていうか、紬のこと調べてるって感じじゃない?」


それは確かにそうではあるけど、


「本土の人だしオカルト好きみたいだからじゃないかな」

「まーそーなんだけど、でもそれで依頼してるんなら、単なる趣味でフリーターがぽいって出すお金じゃなくない?」

「えと、趣味じゃないんなら、嘘の依頼で引っ掛けて、インチキ霊能力者を暴く記者の人とか? それなら仕事になるわけだし」


そんな悪い人だとは思えないけど、偽の身分を語る理由としては、それなりにしっくりくるかも。でも来利ちゃんは首を捻る。


「んー、それにしちゃ、いいトコ育ちっぽくない? ゴシップ記者ってフツーなんかいやらしー感じでしょ」

「あやあや、それは偏見だよぅ。……多分」


一応否定はしたけれど、ゴシップに限定すれば、そうなのかもとも思ってしまう。それはともかく、育ちが良さそうという話には同意かな。


「でも、ゴシップって言うか、ムーみたいなオカルト系の記者さんならどうかなぁ。オカルト好きみたいだし」

「でもじゃーウソつく必要なくない?」

「そうなのかな?」

「そーじゃないのかな?」


二人で首を(ひね)りあう。


「まだ考えてもわかんないかな……。でも、やっぱちょっとアヤしーから、気ー許しちゃダメだよ」

「う、うん……」

「ま、今日はこの来利さんがついてるからだいじょーぶだけど!」

「うん、ホントにありがとねぇ。お家のこともあるのに」


共働きの富良永(ふらなが)()。小学生の弟二人の面倒は、来利ちゃんがいつもみている。

だけど今日はわたしの為に、夜まで時間を取ってくれてる。


「だいじょーぶ。弟たちは近所のおねーさんに頼んでるから」

「お姉さん?」

「うん、最近知り合った、紬の知らない人ー」

「ふぅん……」

「いい人だよ。今度紬にも紹介するね!」

「あ、うん!」


“先生”の言葉と合わせ、気になりはするけれど、来利ちゃんが一緒にいればきっとなんとかなるだろう。

今はとにかく、全力で仕事をしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ