第四章(4)
「そうねぇ、じゃあアタシからひとついいかしら」
そう言って手を上げたのはカオルちゃんだ。黒峰は小さくうなずいて続きを促した。
「またダイスケちゃんにで申し訳ないんだけど、アナタちょっと下を見すぎよ。あんまり俯いてばかりのギタリストってのは、ちょっとカッコよくないわね」
「あ、確かにそうだね」
カオルちゃんと黒峰にそう指摘された俺は苦い顔をした。確かに言われてみれば、俺は練習中ほとんどずっと自分の手元を見ながら演奏をしていたからだ。
「……でもさ、手元を見てないとまたミスが増えるぞ?」
俺は眉間に皺を寄せながら言う。
俺がもっと上手ければそういうこともできるのかもしれないが、今の俺には少しばかり難しい注文だ。
「なにも一切見るなとは言ってないわよ。でもね、下ばかり見ているといかにも初心者ってことが観客にも伝わって、場がシラけちゃうわ」
確かにカオルちゃんの言い分はもっともなように思えた。
俺は自分が観客として、始終俯いているギタリストを眺めているのを想像した。
それはあまり心踊る光景ではない。
「それに……ステージは、ダイスケちゃんひとりで作るものじゃないのよ? 私たちメンバーとオーディエンス全員がひとつになって、ステージを作るの。ダイスケちゃんがひとりで殻に閉じこもってたら、それは成立しないわ」
「……そうだな」
諭すようなカオルちゃんの口ぶりに、俺は小さい声で同意する。
それに合わせるように、黒峰もまた口を開いた。
「それとね、ダイダイ。ステージの上から見る景色って、本当に特別なものなんだよ。ミュージシャンにとって、ライブってのはそのひとつひとつが忘れられない経験なの。だからダイダイもステージでは顔を上げて、それを目一杯噛み締めてほしいな」
そう言って微笑む黒峰に、俺は思わず心が揺さぶられた。
新入部員を集めるためのステージとはいえ、彼女はそれだけを目的にしているわけではなかったのだ。
彼女が俺のためを考えてくれているのが伝わってきて、俺は自分の胸と顔がわずかに熱くなるのを感じた。
「分かった。下ばっか見ないように、俺も気を付ける」
「ん。細かいフレーズの時とかは難しいかもだけど、演奏に余裕がある時は目線を上げられるようにがんばってみてね」
こくりとうなずいてから、俺は瓶の中にわずかに残ったコーラを飲み干した。
少しばかりぬるくなって炭酸も抜け始めていたが、それがかえって優しい味わいに感じられた。
「がんばってね、ダイスケちゃん。ステージではミスしようが何しようがカンケーないのよ。堂々と、自信を持って、精一杯プレイできれば、それが一番カッコいいんだから」
そう言ってカオルちゃんはビシッと親指を立てる。
口調さえ気にしなければ、マジで爽やかイケメンなんだよなぁ、カオルちゃん……。
「さて、じゃあ意見も出し終わったみたいだし、これで解散でいいかな?」
ぐるっと俺たちを見回してから、黒峰がそう切り出した。
それを聞いた俺は慌てて「あ、ちょっと待ってくれ」と口を挟んだ。
「ん? まだ何か気になることがあった?」
「いや、練習とは関係ないんだけどさ……。これ、黒峰にと思って」
そう言いながら、俺はギターケースのポケットから小さなビニール袋を取り出した。
百均でプレゼント用の包装を買って、俺が自分でラッピングしたものだ。
少しばかり歪ではあるが、とりあえず贈り物としての体は整えてある。
「もうだいぶ過ぎちゃったけど、確か先月末が誕生日だっただろ? だからまぁ、日頃の感謝も込めて、な」
俺はそう口にするが、それは半分嘘だった。実際は、以前黒峰にしてしまったことへの謝罪の意味も大きかった。お互いに気にしないようにしようとは言ったものの、やはり俺の中ではあの出来事は冷たいしこりとなって残り続けていたからだ。
まさか俺から誕生日プレゼントを貰うだなんて考えてもいなかったのだろう。
黒峰は目を丸くして驚いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「ありがとう、ダイダイ。ねぇ、これ開けてもいい?」
「あぁ。ま、大したものじゃないけどな」
そう言って俺がうなずくと、黒峰はゆっくりと、丁寧に包装を解いていった。
袋から出てきたのは、ギターの弦が一パックと、数枚のピックだ。
「ダメもとでサツキさんに訊いたら、しっかり黒峰の使ってるのを覚えててくれてたからさ。それで合ってるだろ?」
俺は少しばかり気恥ずかしさを覚えながらも、黒峰にそう確認した。
あまり高いものを選んで引かれても嫌だし、かと言ってあまり無駄なものを贈るのもどうかと思って、間違いなく役に立つだろうとこれをチョイスしたのだ。
……相談した時サツキさんに「ははぁ〜ん」とか「ふぅ〜ん」とか意味ありげな笑いを浮かべられたのがちょっとアレだったが。
「……ん。ありがと。大事にするね」
そう言って、黒峰は俺からのプレゼントを胸の前でぎゅっと握りしめた。
伏し目がちだから表情が読み取りづらいが、おそらく喜んでくれているのだろう。
「あんまり大事にされても困るけどな。歓迎会ででも使ってくれ」
今回彼女はベースを弾くからギター用の弦を使うことはないだろうが、ピックなら問題なく使えるだろう。
しかし黒峰は視線を上げて俺を見ると、あはは、と苦笑いを浮かべた。
「私はベースは基本的に指弾きだから、ピックは使わないよ。今日の練習でもそうだったでしょ?」
「……え、マジで?」
そう指摘されて、俺はスタジオでの黒峰のプレイを思い出そうとしたが……全く思い出せなかった。
そうだよ、自分の演奏にいっぱいいっぱい過ぎて、みんなのプレイを見る余裕なんて微塵もなかったんだよ。
ぐおおおお、ドヤ顔でプレゼントしたのにこの醜態、クッソ情けない……。
「……でも、嬉しいのはホントだよ。あ、そうだ、このピック、お守りにしようかな」
「あぁ、もう好きにしてくれ……」
気を利かせてフォローしてくれる黒峰だったが、カッコつけに失敗した俺は半ばヤケになってそう言った。
なんでこう詰めが甘いかなぁ、俺は……。
「ダイスケ、アンタほんとダサいわね……」
「あらぁ、いいじゃない。こういうマメなところは大切よぉ」
呆れ顔のアンナと微笑むカオルちゃんを横目に、俺はがっくりとうなだれたまま、大きなため息を吐いた。
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