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人生2周目の俺、バブル前夜から投資無双 ~未来を知っているだけなのに、気づけば日本最大の財閥を築いていました~  作者: なまら呑兵衛
第1部「小学生投資家」

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第1話 2030年の夜、1985年の朝

二〇三〇年三月、東京。


 安いビジネスホテルの一室で、俺はテレビの音だけを聞いていた。


『――政府は本日、国産大型ロケットの後継機開発を正式に中止すると発表しました。今後、日本の衛星打ち上げは海外企業への委託が中心となる見通しで――』


 画面の向こうで、見覚えのある官僚が頭を下げている。

 俺はリモコンを握ったまま、笑うことも怒ることもできなかった。


「……そうか。終わったか」


 天城蓮、五十三歳。

 ロケットエンジンの設計に三十年を費やし、最後の十年は仲間と立ち上げた宇宙ベンチャーに全てを注いだ。

 再使用型の小型ロケット。燃焼試験は成功した。設計も悪くなかった。足りなかったのは、金と時間だけだった。


 去年の暮れ、会社はアメリカの企業に売却された。

 技術も、特許も、育てた若い技術者たちも、まとめて海の向こうへ渡った。

「日本では無理なんですよ、天城さん」と、最後の出資者に言われた言葉が、まだ耳に残っている。


 机の上には、一枚の古い写真が伏せてある。

 札幌の小さな町工場の前で撮った、家族四人の写真だ。

 旋盤の油で黒くなった手で俺の肩を抱く父。少し疲れた顔で笑う母。まだ幼い妹の結衣。そして、空ばかり見ていた九歳の俺。


 父は、一九九八年に死んだ。

 取引先の銀行が潰れ、勤めていた工場が連鎖倒産し、そのまま体を壊した。

 あの頃の俺は大学生で、何もできなかった。

 母は父の死後、パートを掛け持ちして俺と妹を支え続けた。

 恩返しをする前に、母も逝った。


「何もかも、間に合わなかったな」


 テレビを消し、コートを羽織る。

 眠れない夜は歩くに限る。冷たい三月の夜風が、少しだけ頭を冷やしてくれるだろう。


 交差点に差しかかった時だった。

 信号は青。俺は横断歩道を歩いていた。

 視界の端で、ライトが異様な速さで膨らんだ。


 クラクションの音。

 体が浮く感覚。

 アスファルトの冷たさ。


 夜空が見えた。

 東京の空は明るすぎて、星はほとんど見えない。


 ――ああ。もう一度、ちゃんと星が見たかったな。


 それが、天城蓮の最後の思考だった。


     


「蓮! いつまで寝てるの、遅刻するよ!」


 甲高い声に、俺は跳ね起きた。


 ……跳ね起きた?


 体が軽い。軽すぎる。

 五十代の腰痛も、肩の重さもない。

 布団から出た自分の手を見下ろして、俺は息を止めた。


 小さい。

 指が短く、手の甲には擦り傷の跡がある。爪の間に、泥が少し詰まっている。


「……は?」


 声も高い。

 変声期前の、子供の声だった。


 部屋を見回す。

 畳の六畳間。壁に貼られた、角の剥がれたロケットのポスター。勉強机の上にはプラスチックの筆箱と、表紙に「さんねん あまぎ れん」と書かれたノート。窓の外には、溶け残った雪の山。


 知っている。

 この部屋を、俺は知っている。


 札幌市の外れにある、木造二階建ての借家。

 俺が小学生の頃に住んでいた家だ。


「蓮! 聞こえてるの!」


 階段の下から、もう一度声が飛んでくる。

 その声を聞いた瞬間、喉の奥が熱くなった。


 母さんの声だ。

 まだ若い。疲れていない。張りのある声。


 俺は転がるように階段を下りた。

 台所に、エプロン姿の女性が立っていた。

 三十代前半。髪は黒く、肌にも艶がある。俺の記憶の最後にある、白髪の小さな背中とはまるで違う。


「……母さん」

「なに、変な顔して。早く顔洗っておいで。ほら、結衣ももう起きてるよ」


 食卓では、五歳の妹がスプーンを握って味噌汁と格闘していた。

 ほっぺたにご飯粒をつけたまま、俺を見上げて言う。


「おにいちゃん、ねぼすけー」


 その隣で、新聞を広げていた男が顔を上げた。

 作業着姿。油の染みた太い指。日焼けした顔に、無精ひげ。


「おう、蓮。寝坊とは珍しいな」


 ――父さん。


 立っていられなかった。

 気づけば膝から力が抜け、床に座り込んでいた。

 涙が勝手に溢れてくる。止めようとしても、止まらなかった。


「お、おい、どうした!? 腹でも痛いのか?」


 父が慌てて新聞を放り出し、俺の前にしゃがみ込む。

 大きな手が額に当てられた。温かかった。

 生きている人間の、体温だった。


「……なんでもない。怖い夢、見ただけ」


 なんとかそれだけ言うと、父は困ったように笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「なんだ、夢か。もう三年生だろ、泣くなよ。男だろ」

「……うん」


 三年生。

 その言葉が、頭の中で静かに響いた。


      


 顔を洗い、鏡の前に立つ。

 坊主に近い短髪の、痩せた少年が映っていた。


 間違いない。子供の頃の俺だ。


 居間のカレンダーを確かめる。

 昭和六十年、四月。

 西暦で言えば、一九八五年。


 テレビをつけると、ブラウン管の中でニュースキャスターが為替の話をしていた。


『――円相場は一ドル二百五十円前後で推移しており、輸出企業の好調は当面続くと見られています』


 一ドル、二百五十円。


 俺は、その数字を何度も心の中で繰り返した。


 知っている。

 この先何が起きるのかを、俺は知っている。


 今年の九月、ニューヨークのプラザホテルで先進国の財務大臣たちが集まり、ドル高の是正に合意する。いわゆるプラザ合意だ。

 そこから円は一気に跳ね上がり、二年もしないうちに一ドル百五十円を割り込む。


 円高不況を防ぐために、日銀は金利を下げる。

 あふれた金は株と土地に流れ込み、日本中が狂ったように値上がりを続ける。

 一九八七年にはNTT株が上場し、空前のブームになる。同じ年の十月にはブラックマンデーで世界中の株が暴落するが、日本はすぐに立ち直る。

 そして一九八九年の大納会。日経平均は三万八千九百十五円の史上最高値をつける。


 そこが頂点だ。


 一九九〇年、株価は崩れ始める。

 土地の値段も下がり、銀行は不良債権の山に埋もれる。

 一九九七年には大手の証券会社や銀行までが次々と破綻し――。


 その翌年、父さんの勤める工場が倒れる。


 鏡の中の少年が、唇を強く噛んでいた。


「……今度は、間に合う」


 小さく呟いた声は、まだ頼りない子供の声だった。

 だが、その奥にあるものは、五十三年分の後悔だ。


      *


 学校へ向かう道は、雪解け水でぬかるんでいた。

 ランドセルの重さが懐かしい。

 すれ違う車は角ばったセダンばかりで、電柱には色あせたポスターが貼ってある。誰もスマホを見ていない。当たり前だ。携帯電話すら、まだ普通の人は持っていない。


 歩きながら、俺は頭の中を整理していた。


 やるべきことは、大きく分けて三つ。


 一つ目。家族を守る。

 父さんを死なせない。母さんに苦労させない。結衣に、金のことで夢を諦めさせない。


 二つ目。日本を、あの未来にしない。

 バブル崩壊は、おそらく完全には止められない。膨らみすぎた風船は、いつか割れる。

 だが、割れ方は変えられるはずだ。急激な引き締めと処理の先送りが、傷を何十年分にも広げた。それを知っている人間が、もし動かせる力を持っていたら。


 三つ目。今度こそ、日本のロケットで宇宙へ行く。

 前世の俺に足りなかったのは、金と時間だった。

 今の俺には、四十五年分の時間がある。

 そして金は――これから作る。


 問題は、その方法だ。


「……小学生じゃ、証券口座なんて作れないよな」


 当然だ。

 小学生がいきなり「株を買いたい」と言ったところで、相手にする大人はいない。

 仮に親に頼んだとしても、うちにそんな余裕はない。父さんは町工場の旋盤工、母さんはスーパーのパート。貯金なんてほとんどないはずだ。


 必要なのは、資金と、名義を貸してくれる大人。

 そして何より、俺の言葉を「子供の戯言」として片づけない人間。


 ――一人だけ、心当たりがある。


 母方の祖父、高野宗一郎。

 かつて大手証券会社の役員まで務めた人物だ。だが十年ほど前に上層部と衝突して退職し、今は小樽の古い家で、盆栽をいじりながら一人で暮らしている。

 頑固で、偏屈で、親戚づきあいも悪い。母さんとも長いこと疎遠だった。


 前世の俺は、祖父とまともに話したことがほとんどなかった。

 ただ、葬式の時に母さんが言っていた言葉だけは覚えている。


『おじいちゃんね、本当は最後まで現役でいたかったのよ。バブルのこと、ずっと前から「あれは必ず崩れる」って言ってたの。誰も聞かなかったけどね』


 あの人なら。

 相場を知り尽くし、そして誰にも信じてもらえなかった悔しさを知っている、あの人なら。


「――おーい、れーん!」


 背後から声がして、振り返る。

 赤いランドセルを背負った女の子が、雪解け水の水たまりを器用に飛び越えながら走ってきた。


 黒髪を二つに結んだ、近所の白峰さんちの娘。

 白峰沙月。


「おはよ! ねえねえ、昨日の夜、空見た? すっごく晴れてたでしょ。お父さんの望遠鏡で土星見たんだよ、輪っかがあった!」


 息を弾ませて、目をきらきらさせている。

 そうだ。この子はいつも空の話ばかりしていた。

 前世では、中学に上がる頃から自然と話さなくなり、いつの間にか遠い存在になっていた。大人になってから、彼女がアメリカの研究所で宇宙物理学をやっていると風の噂で聞いたきりだ。


「……見てない。でも、土星の輪っかは氷と岩の粒なんだよ」

「え、なんで知ってるの? すごい、蓮って天才!?」

「たまたま本で読んだだけ」


 沙月は「ずるーい、その本貸して!」と頬をふくらませる。

 その横顔を見ながら、俺は思った。


 前世では、ここで縁が切れた人が大勢いる。

 父さん。母さん。じいちゃん。この子。そして、一緒に夢を見た仲間たち。


 今度は、誰も取りこぼさない。


      


 その夜。

 家族が寝静まったあと、俺は勉強机のスタンドだけをつけて、ノートを開いた。


 表紙の「さんねん あまぎ れん」の文字の下に、小さく書き足す。


『未来ノート』


 そして、覚えている限りの出来事を書き出していった。


 一九八五年九月 プラザ合意 → 急激な円高

 一九八六年 円高不況、日銀の利下げ

 一九八七年二月 NTT株上場

 一九八七年十月 ブラックマンデー → 世界同時株安、日本はすぐ回復

 一九八九年十二月 日経平均の最高値 → ここで全部売る

 一九九〇年 株価の下落開始、総量規制

 一九九七年 金融危機

 一九九八年 ――父さん


 最後の一行で、鉛筆が止まった。

 しばらくその文字を見つめたあと、俺は強く線を引いて消した。


 そうはさせない。


 ページをめくり、さらに書き続ける。

 Windows。インターネット。Amazon。Google。スマートフォン。ビットコイン。AI。再使用ロケット。

 四十五年分の未来が、小学生のノートを埋めていく。


 窓の外に目をやると、雲の切れ間から星が見えた。

 東京では見えなかった、北海道の星空だ。


 ――もう一度、ちゃんと星が見たかったな。


 あの夜の最後の願いは、どうやら叶ったらしい。

 なら次は、あの星まで行ってやる。


 俺はノートの最初のページに戻り、一行目に大きく書いた。


「今週の日曜日、小樽のじいちゃんに会いに行く」


 小学三年生、天城蓮。

 資産、ゼロ。

 だがこの頭の中には、四十五年分の未来が詰まっている。


 ――逆襲の始まりだ。


第1話を読んでいただき、ありがとうございます。

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> 母は父の死後、二十年以上パートを掛け持ちして俺と妹を育てた。 20年は何かの間違えでしょうか。 父親の死亡時に大学生だった主人公が何歳まで母親に育てられていたのか、不思議なことになりそうです。 例…
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