第14章 残光の先
あれから半年が過ぎた。
秋の終わり、楓はキッチンで野菜を切っていた。
窓から差し込む柔らかな光が、包丁の刃を淡く照らす。
美咲が学校から帰ってくる時間まで、あと少し。
夫の拓也は、最近は定時で帰るようになった。
生活は、ゆっくりと、しかし確実に元の形を取り戻しつつあった。
夫婦の会話はまだぎこちない日もあったが、以前より少しだけ、互いの心の内を話せるようになっていた。
拓也は時折、楓の肩に手を置き、「無理するなよ」と言う。
その言葉が、半年ほど前とは違う重みを持って響いた。
悠真のことは、時々、ふと思い出す。
特に、静かな午後に本を読んでいるときや、湖のほとりを一人で歩いたとき。
彼の声、触れた手の感触、あの激しくも優しかった時間。
すべてが、遠い夢のように感じられるようになった。
ある日、noteに久しぶりに書評を投稿した。
テーマは「喪失と再生」だった。
匿名で読んだ誰かから、短いコメントが届いた。
〈この文章を読んで、僕も少し救われた気がします。
光は、失っても、また別の形で戻ってくるんですね。〉
楓は微笑んだ。
そのコメントが悠真からのものかどうかは、わからない。
でも、もしそうだとしても、もう返事はしないだろう。
夕方、美咲が帰ってきた。
「ただいま!」という元気な声に、楓は胸が温かくなった。
「ママ、今日学校でね……」
娘の話を聞きながら、楓は静かに思う。
あのとき、悠真を選んでいたら、この笑顔はなかったかもしれない。
その選択が正しかったかどうかは、今もわからない。
ただ、失ったものと得たものの間で、
私は確かに「生きている」と感じている。
夜、夫が帰宅した。
三人で食卓を囲みながら、楓はふと思った。
人生は、決して一つの光だけでは照らされない。
情熱の強い光も、日常の静かな光も、
どちらも、私の一部になった。
ベッドに入る前、楓は窓辺に立って外を見た。
街の灯りが、淡く瞬いている。
あの残光は、今もそこにある。
激しく燃えることはもうないけれど、
静かに、優しく、
これからの道を照らしてくれている。
楓は小さく息を吐き、微笑んだ。
私は、ちゃんと選んだ。
そして、これからも、
自分の光を、信じて歩いていこう。




