#15 「挑戦」
俺は恋愛というものに疎い。
バンドマンはモテそうという幻想を抱いていた前世の友人がいた。あれは半分ほんとで半分嘘だ。
エネルギッシュな10代~20代前半。大学生くらいまでは非日常的なものに憧れを抱きやすい。その年齢あたりまではモテる。
だがアラサーになる頃には社会に出て現実と直面し非日常より日常を好むようになっていく。
(だから俺はモテなかったのだ)
心の涙を流しながら瞼を閉じる。
「ぐすっ……フラれたっす……ひぐっ」
よしよしと義母に慰められている芦田さん。
芦田さんも今は甘えたいのか頭を預けている。
彼女は意中の男性にフラれ、仕事中も心ここにあらずだったらしい。
その様子に気づかない義母ではない。心のなかに溜まっている言葉を人に吐き出すだけでもずいぶんと違う、そう言ってうちに連れてきたようだ。
(連れてくるのは構わないけど……ここにいる面子が恋愛面において頼りなさすぎる!)
佳代さんも連れてきたほうが良かったのでは? 俺は内心救いの手を求めた。
「こんなにいい子なのになんでフッちゃったんだろうね」
義母が顎に指をあてて思案すると芦田さんがすぐに答えた。
「あ、彼女さんがいるらしいっす」
「「え」」
はい終了です。
ゲームセット、試合しゅーりょー。
彼女がいる状態じゃ告白に首を縦に振ることはできない。
「まあ彼女さんがいるのはその時初めて知ったんすけどね」
「それならしょうがないのかー。うーん……とりあえずゆうきちゃんの頭撫でようか」
どんな言葉をかけていいのか分からない恋愛経験皆無な義母は母性に身を任せた。もうちょっと頑張ってくれ。
「あ~気持ちいいっす~」
端正な顔をふにゃふにゃに崩して気持ちよさそうに目を細める芦田さん。
俺は彼女たちがそうしている間、拭き終わった食器を棚に戻す。
一通り後片付けが終わりエプロンと髪を一つにまとめていたヘアゴムを仕舞ってから「ふう」とソファに腰を下ろした。
「ありがとうね在処。私も手伝ったほうが「1人のほうが早いから大丈夫」あ、はい」
しゅんと梅干しを食べたようにシワを寄せた表情になる義母。いつものことである。
それから少しすると芦田さんが今後のことについてぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。
「なんだか色々と気が抜けちゃって、今までのモチベーションとか活力が全部なくなっちゃったっす。やりたいことがないわけじゃないんすけど、急に不安になって」
以前の元気な姿はすっかりなくなり弱気な部分をすべてさらけ出す芦田さん。
彼女は現在特定のバンドに所属しておらずドラマーとしてヘルプに出るくらい。技量は義母から見ても申し分なく、もう少し経験を積めばプロとしてもやっていけるだろうと言っていた。
「ゆうきちゃんはなにか新しいことに挑戦してみるのもアリだと思うな。まだまだ若いからね」
義母はいつになく大人としての顔で微笑んだ。
「私はその若さを利用して元気に動けるうちライブハウスやってるからね。説得力あるでしょ?」
「自分で言っちゃったら台無しっすよ……でもそうっすね。新しいことか」
若いうちに挑戦することは悪いことではない。歳をとったからといって熱量が完全になくなるとまでは言わないが若さ特有の勢いは侮れない。
かくいう俺も前世ではアドレナリンをバーストさせて色んなことに挑戦してきた。大半は苦い経験になったものの挑戦して後悔したことはない。失敗から学ぶことでより深く物事を理解することができる。
「新しいことといえば在処がやってる動画投稿とか?」
「動画投稿?」
芦田さんは義母から離れ、疑問符を浮かべるように首を傾げる。
疑問符を浮かべること自体は何も不思議ではなく、まだこの時代におけるインターネットの普及は一部にとどまっている。
タッチパネル式のスマートフォンはまだ無く、当然パソコンも一部の人達しか所持していない。動画投稿サイトの登場でそれなりに売れているらしいがまだまだ普及しているとは言えない程度だ。そう考えるとうちはかなり進んでいるのかもしれない。
俺は芦田さんと義母を自室に案内する。
パソコンを立ち上げ動画投稿サイトのホームページを開いて簡単に説明する。
芦田さんはかなり飲み込みが早く15分程度説明しただけで概要を理解したようだ。優秀過ぎる。
前世の世界での経験から今後のインターネットの有用性を説明していくと芦田さんは目を輝かせて顔を近づけてきた。
「これ! これっす! すっごいキテるっす! やりたいことっ!」
やりたいことができたのは非常に良いことだ。
しかしひとつ問題がある。それは機材、特にパソコン自体がまだまだ高いことだ。特に芦田さんにとっては手痛い出費になるだろう。
「でもゆうきちゃん、パソコンって結構いい値段するの」
実際にお金を出している義母は電卓を叩いて芦田さんに見せる。
「ひぃ……これはさすがに」
落ち込む芦田さん。
希望を見せた手前心苦しい。
そんな時、義母は「ま、これだけするよってだけなの。ふふっ、私に任せなさい!」と胸をドンと叩く。
「在処が使ってるのと同じだけの機材をライブハウスに用意して店の宣伝に使っちゃおうか。ゆくゆくはパソコンで経理関係の管理もできるって経営者仲間の人からも教えてもらったし。無駄にはならないでしょ」
「そ、それって」
芦田さんはキラキラした目で義母を仰ぎ見る。
俺は俺で義母の決断力に感心していた。今のうちにインターネットに触れていけば対応力が格段に増す。それは前世にいた古のインターネット古参勢の自己解決能力と同等のものを身につける絶好のタイミング。
「それでね、あの、在処……」
「オッケー、手取り足取りライブハウスの人達に教えればいいんだよね」
俺は半ば諦めるように少し息を吐いた。
「「在処様〜っ!」」
「ちょっ、やめ」
大人2人に崇められ、抱きつかれる小学生の図はあまりに恥ずかしかったとだけ言っておく。
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